トヨタ自動車は現行型「アルファード/ヴェルファイア」(以下、アル/ヴェル)の企画段階からプラグインハイブリッド車(PHEV)導入を計画していたそうだが、いざ開発に取り掛かってみると一筋縄ではいかない部分もあったようだ。開発陣にアル/ヴェルのPHEVについて話を聞いてきた。
PHEVは床下の形がかなり違う?
アル/ヴェルの現行型は2023年6月に登場した。当初はガソリンエンジン車とハイブリッド車(HV)というラインアップだったが、2024年12月にPHEVが追加となった。
トヨタは現行型アル/ヴェルの企画段階からPHEV追加を計画しており、そのための車体骨格構造を最初から取り入れていた。PHEVのシステムは「先に発売となっている『クラウンスポーツ』のPHEVと同じです。例えばバッテリー容量は両方とも18.1kWhで、バッテリーセルも同じです」(以下、カッコ内はトヨタ開発陣)とのことだ。
既定路線のPHEV投入ではあったものの、開発は一筋縄ではいかなかったという。クロスオーバー的な車種でスポーティーなクラウンスポーツと背の高い上級ミニバンであるアル/ヴェルでは、クルマの作りが異なるからだ。
「車体はミニバンPHEVとしての適応をしています。床下の中央に駆動用リチウムイオンバッテリーを搭載することで、HVと比べ、より低重心になっています。一方、HVで床下を通していた排気マフラーの置き場所が、PHEVではなくなるので、後輪より後ろに移動させ、燃料タンクも駆動用バッテリーの後ろに設置するなど、床下の部品配置を変更しました。それにともない、後輪から後ろの床下構造も別ものになり、ハイブリッドシステムが載る車体前半以外は、客室以降の床下構造を見直すことになりました」
このように、PHEVの開発は一朝一夕では進まなかった。
「車体前部も、実は暖房用の電熱ヒーターを搭載するため、改良しています。当初の企画段階でPHEVの追加は想定済みだったのですが、いざ始めてみると専用開発が必要な部分が出てきました。結果、発売時期をガソリンエンジン車やHVよりも遅らせることになりました」
車体床下の骨格構造を見直す開発は空力性能の改善にもつながった。
「PHEVでは、後輪から後ろの床下に、消音のためのマフラーと燃料タンクから気化したガソリンを大気へ逃がさないためのキャニスターを配置しています。そのキャニスターを覆うカバーとマフラーとによって、後輪から後ろの床下をフラットフロアのように整理することができました。これにより床下の空気の流れが滑らかになり、ダウンフォースが向上しています。また、クルマの後ろに渦巻く気流も整理できたので、空気抵抗が減りました。これらの効果で走行安定性が高まっています」
PHEVの専用開発が走りにも好影響を及ぼしたのだ。
「ダウンフォースの効果は、駆動用バッテリーを床下に搭載することによる低重心化とともに乗り心地の改善につながっています。ダンパーの減衰力をやや弱めても走りが安定するため、乗り心地がよくなるのです」
PHEVはショーファーカーに最適?
PHEVで新たに採用となった機能に「スムーズストップ」制御がある。クルマが減速して停止する際に、乗員が前のめりになりにくいよう、止まる寸前のブレーキ力をやや弱める機能だ。
ハイヤーなどのプロフェッショナルな運転者は、後席乗員のため、停止する直前にブレーキペダルの踏み込みを少し弱める操作をする。これにより、首が前へのめること(いわゆるカックンブレーキ)を抑えることができる。頻繁に発進と停止を繰り返す市街地などでは、運転者が気遣った操作を行うことでカックンブレーキを予防しているのだ。
これまでは運転者が操作していたことをブレーキ制御で行うようにしたのが、スムーズストップである。
「どなたが運転しても、プロフェッショナルなドライバーのように、やさしい停止の仕方ができることを目的に開発しました。機構は通常の油圧ブレーキで、前後のブレーキ力を調整できる車種(HVが中心)であれば、車速/減速G/ペダルの踏み込み量から制御できます。前後のブレーキ力調整が可能な車種には横展開が可能なので、採用を広げられないか考えています」
例えば急ブレーキが必要な場面でも穏やかに停止するので、乗員の安心感が高まるだろう。
スムーズストップ機能が発案されたのも、アル/ヴェルのPHEVがショーファーカーとして利用されることを第一に企画されたからだ。
「ショーファーカーの運転者さんは、出先などで待つ時間が長く、その間、エンジンをアイドリングし続けることへの懸念があります。HVでも、空調を使ったり、お客様のために室内空調をあらかじめ準備しておいたりするには、エンジンを作動させる必要があります」
PHEVであれば、駆動用バッテリーに電力が残っていれば、エンジンを掛けなくても空調などのさまざまな機能が利用できる。
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後席に会社経営者などのVIPを乗せて移動するショーファーカーは、1日のかなりの時間を「待機時間」として過ごさなければならない。その間、エンジンをかけっぱなしにしておくのは気が引けるという運転手はけっこういるはずだ。その点、PHEVであれば、バッテリーに電力が残っていればエンジンを動かさずに空調などさまざまな機能が利用できる
アル/ヴェルPHEVはフル充電で73kmのモーター走行が可能だ。
「6大都市(東京都区部、横浜市、大阪市、京都市、名古屋市、神戸市)で調査したところ、ショーファーカーの1日の走行距離は9割が73km以下で、大半は40kmまででした。しかも、都市部が中心なので走行速度も高くなく、アルファード/ヴェルファイアのモーター走行距離でほぼ足ります」
価格は1,000万円超! 誰向けのクルマ?
車両価格はアルファードPHEVが1,065万円、ヴェルファイアPHEVが1,085万円とどちらも1,000万円を超える。ベースとなるHVの「Executive Lounge」グレード(E-Four=4輪駆動)はアルファードが882万円なので、183万円高という値付けだ。
「これは、PHEV化のための原価を踏まえますと、かなり頑張った価格なのではないかと思います。お客様像としては、先進性を求め、環境意識の高い法人や個人の方に選んでいただけるのではないかと考えています」
1,000万円超となるとそれなりの高額車種だが、ショーファーカーとしてだけでなく、個人所有への期待はどうなのだろう。
「ヴェルファイアでは、個人で運転を楽しみたいお客様に向けてガソリンターボエンジン車を設定していますが、PHEVはそれよりもゼロヒャク加速(停止状態から100km/hへの加速に要する時間)で1秒以上速い7.1秒を実現しています(ガソリンターボは8.3秒)。また、ヴェルファイアは専用のサスペンション設定になっており、PHEVも同様です。しっかりとした手応えの走りを味わい、運転を楽しんでいただけると思います」
すでに上級ミニバンとしての確固たるブランドを築いているアルファード/ヴェルファイアだが、PHEV追加により、その存在感は一層、高まるに違いない。