• 首都圏外郭放水路

昨今、巷で流行るもの。
それはインフラツーリズム。

インフラツーリズムとは、公共施設である巨大構造物のダイナミックな景観を楽しんだり、通常では入れない建物の内部や工事風景を見学したりして、非日常を味わう小さな旅の一種である。

ダム・橋梁・道路など土木系公共財を観光資源として有効活用する施策であり、多くの関連施設を管理する国土交通省も奨励。政府が推進する訪日外国人旅行増加の目玉にも位置づけられ、注目度が高まっているジャンルなのだ。

知的好奇心をくすぐるこんなに楽しそうなことを、社会科見学の児童や学生、海外からの観光客だけのものにしておくのは惜しい。ということで、日常の散歩からちょっと足を伸ばすだけで、誰もが楽しめるインフラツーリズムを実地体験し、コラム仕立てで紹介。そのすばらしさを共有していきたいと思う。

「ここは、地底国の神殿か?」との妄想も発動する圧倒的異次元空間

第1回は、こうした公共施設の潜在的価値を人々に認識させるきっかけともなったインフラツーリズムの聖地、地底に広がる「首都圏外郭放水路(しゅとけんがいかくほうすいろ)」を訪ねてみた。

  • 国土交通省が管轄する首都圏外郭放水路の管理支所、通称「龍Q館」

まず思い出したのは、小学生のとき読んだ漫画『ドラえもん』の「地底の国探検」の回である。

地中に埋まった探し物を見つけるため、ドラミ(この回はドラえもんではなくドラミ登場)が出してくれた“ここほれワイヤー”を使ったのび太は、偶然、地下深くにとんでもなく大きな構造物があるらしいということを発見してしまう。

のび太は地底の国の存在を確かめるべく、ドラミとともに“地底探検車”に乗って地球の奥へ奥へと進むが、探検車が制御不能となり気を失ってしまう。やがて目を覚ましたとき、二人がいたのは巨大な神殿のようなところ……。

……今さらネタバレもないほど昔の作品なので結論を言うと、実はのび太たちは地底国ではなく、地球の中心を通り越し南米のマヤ文明遺跡にたどり着いていたというオチだった。

“防災地下神殿”との異名を持つ「首都圏外郭放水路」の、巨大な調圧水槽の中に立ち、頭のネジを意識的にちょっと緩めてみる。すると、小学生ののび太が感じたであろうワクワクとドキドキを、味わうことができた。

まさか、ここは地底国の神殿!?

あの階段を、恐ろしい地底人たちが降りてくるのでは……。なんてね。

  • 神々しい防災地下神殿こと調整水槽

  • 暗がりに地底人が潜んでいるかも?

【動画】パッと見はまるでCGのよう。でもCGでなければ映画のセットでもない、現実の光景

洪水防止の大きな役割を担う日本最大級の防災インフラ

心をおっさんに戻してまじめに解説すると、首都圏外郭放水路とは、埼玉県春日部市に位置する地下排水施設。洪水対策として建設された日本最大級の防災インフラである。

  • 龍Q館の全貌。開放部にはポンプ機が設置されているのが見える

埼玉県の中川・綾瀬川流域は、利根川、荒川、江戸川といった大河川に囲まれたお皿の底のような地形のうえ、勾配が非常に緩やかで水が流れにくいため、昔から洪水に悩まされてきた。台風などによる集中豪雨に見舞われると、小さな河川がたちまち増水し氾濫へとつながったのだ。

そうした被害を防ぐため、春日部市にある倉松川、大落古利根川、元荒川、中川、綾瀬川という5つの中小河川から、大雨のときに増えた水を地下トンネルでまとめて江戸川に排水する地下放水路が計画された。

  • 首都圏外郭放水路のメカニズムを説明するパネル

事業は1980年の治水対策協議会発足からスタートし、計画の整備と用地の買収などを経て、1993年に着工。2002年に完成した一部区域から供用が開始され、2006年には全長約6.3キロメートルに及ぶ全区が竣工、全河川での供用が始まった。

以来、気候変動や都市化の進展などにより、首都圏でも増加の一途のゲリラ豪雨などにもしっかり対応。年間平均7〜8回稼働して、地域の洪水を防いでいるのだそうだ。

  • 龍Q館の内部にあり、設備全体をコントロールする操作室

最大の見どころは“防災地下神殿”の異名を持つ調整水槽

首都圏外郭放水路の最大の見どころは、調圧水槽という巨大な地下空間。この水槽は、洪水時に一時的に水を貯めるためのもので、大きな柱が立ち並ぶ、まさに“防災地下神殿”と呼ぶにふさわしい圧巻の光景を形成している。

首都圏外郭放水路は、この調整水槽を中心とする一般見学会(事前予約制/有料)を催している。筆者が参加したのは平日昼間開催の会だったが、2人の外国人を含む20人前後が参加していた。

ポンプ設備がある龍Q館(庄和排水機場)という建物に集合後、見学会のコンシェルジュを務めるスタッフさんが施設の概要を説明。その後、調整水槽=防災地下神殿へと案内してくれた。

  • 調整水槽の上は緑の原っぱになっていて、サッカーなどのグラウンドとして利用されている

  • 地下の調整水槽へと降りていく入り口

河川から地下トンネルを通じて流れてきた水が最後に貯められる調整水槽は、長さ177m、幅78m、高さ18mの巨大空間。ここで勢いを弱められた水は、ポンプによって江戸川へとスムーズに流される。

印象的なコンクリート柱は幅2m、長さ7m、高さ18mで、1本約500トンの重さ。59本も林立して独特の景観を形成しているが、これには大きな役割がある。

  • 圧巻の光景

  • 立っている人と比べると柱の大きさがわかる

地下の巨大空間である調整水槽には、周囲の地下水からの浮力がかかるので、浮き上がってしまわぬように、柱が重しの役割をしているのだ。

調整水槽の桁違いのスケールに圧倒され、ただ、すげえすげえと唸っているうちに制限時間は終了。我々、見学会ご一行様は、次のポイントへと移動した。

  • 横幅が広い形状の柱

さらにスケールの大きな超弩級の縦穴を探検

設定されている4つの見学コース(https://gaikaku.jp/course/)のうち、筆者は所要時間約110分、参加料金3,000円の「迫力満点!立坑体験コース」に参加した。巨大な調整水槽を見たのち、さらにでっかい施設「立坑」を見学するコースである。

  • 第一立坑への入り口

首都圏外郭放水路はおもに、地域の河川から水を地下に取り込む「立坑」、地下で水を送り込む「トンネル」、水勢を弱めスムーズな排水を促す「調整水槽」、そして水を江戸川に吐き出す「ポンプ設備」で構成されている。

立坑は全部で5つあり、うち4つは川から直接水を取り込み、最後のひとつは各立坑からトンネルを通じて集めた水を調整水槽に送り込む役割を担う。見学会のコースに入っているのは、調整水槽に隣接する「第一立坑」。直径約30m、深さ約70mという、ちょっと信じられないくらいバカでかい縦穴である。

数字だけではピンとこないかもしれないが、これはスペースシャトルや自由の女神がすっぽりおさまってしまうくらいの大きさなのだとか。筆者の場合、そう言われてもピンとこなかったが。

入り口から第一立坑に進入すると、案内役のスタッフさんから、見学にマストな装備であるヘルメットの着用を促された。

  • ヘルメットをかぶってGo!

そしてアスレチックなどでもよく使われる、転落防止の命綱となるハーネスも着用。いやが上にも冒険気分が盛り上がる。

  • 命綱があるので安心

ここから立坑の内側一周にぐるりと設置された、「キャットウォーク」と呼ばれる作業員用通路を歩くのだ。事前情報として頭に入っていた“深さ70メートル”の迫力は、ここを歩いてみてやっと実感できた。

下をのぞけばはるか先に、わずかな水を湛える底部が見える。もう高すぎて頭がバグり「ここからヒャッホーと高飛び込みをかましたら、どんな気持ちかな?」などと考えてしまう。間違いなく生きては帰れないだろう。

  • 写真では伝わりにくい圧倒的なスケール

  • キャットウォーク上に立つ人と比べるといかに深いかがわかる

立坑の側面には四角い取水口があり、その奥には調整水槽が見える。立坑に水が溜まってくると、この取水口から調整水槽へと水が送り込まれる仕組みになっているのだ。

ほんの少し前、その巨大さに驚かされた調整水槽が、ここからみると小さな空間にしか見えない。つまり、この立坑は嫌になっちゃうくらいバカでかいということだ。

  • さっきまでいた調整水槽が小さく見える

最後に一応言っておくと、お気づきかもしれないが高所恐怖症の人にはあまりにきつい見学コースなので、無理をしないほうがいいかもしれない。筆者にもややその傾向があるため冷や汗をかきながらの見学だったが、やっとこさっとこ立坑一周の冒険を終え、改めて下をのぞいてみる。

  • 立坑の右に見えるのが調整水槽への入り口

そして再び頭のネジを緩めてみると、地下神殿を築いた地底人の国のさらにずっと下、この立坑の底あたりにはあの“最低人”が住んでいて、地底人そして地上人(我々)への侵略を企てているのかもしれないなと思うのだった。

このオチにピンとこなかった人は、「いしいひさいち 地底人」でググってみてください。

  • 第一立坑の底

【動画】どんだけ大きい縦穴……!