本年度のエミー賞で最多26ノミネートを達成した真田広之主演の戦国ドラマ『SHOGUN 将軍』。その日本人俳優をキャスティングした、電通キャスティングアンドエンタテインメントの川村恵さんに、キャスティングディレクターの仕事と"人を見る目"について伺った。
映画・ドラマを支える「キャスティング」
ディズニープラス「スター」で全話独占配信中の『SHOGUN 将軍』は、ハリウッド・FXプロダクションと俳優・真田広之が手を組んだ、海外初の本格的戦国スペクタクル・ドラマだ。
アメリカの制作チームと日本の専門家が細部までこだわり抜いて作った圧倒的なスケールの映像、日本文化に基づいた重厚な物語、俳優たちの渾身の演技は視聴者を圧倒し、瞬く間に話題をさらった。アメリカのテレビ界において優れた業績をあげた番組を表彰する「エミー賞」においても、過去最多となる23部門・26ノミネートを受けており、うち11名が日本人という快挙を成し遂げている。
そんな同作品の日本人俳優のキャスティングを行ったのが、電通キャスティングアンドエンタテインメント。
同社はもともとCMや広告のキャスティングを得意としている会社だが、近年はエンターテインメント領域にも活動を広げている。その原動力となっているのが、『SHOGUN 将軍』のキャスティングディレクターを担当した、川村恵さんだ。
川村さんはもともと電通の関連会社でエンターテインメント系雑誌の広告を担当。ここでキャスティングに興味を持ち、2003年に電通キャスティングアンドエンタテインメントに移籍してきた人物だ。エンターテインメント分野を開拓するというミッションを受けた川村さんは、国内のドラマや映画を通して経験を積んでいく。そして、洋画吹き替えに声優ではなく、タレントをキャスティングするという展開を独力で進め、業界内で一目を置かれるようになった。
海外での評価が高まったきっかけは、2016年に公開されたマーティン・スコセッシ監督の映画『沈黙 -サイレンス-』のキャスティング。これを機にハリウッドでもその名を知られるようになり、『SHOGUN 将軍』の日本人俳優キャスティングで白羽の矢が立った形だ。
その後はご存じの通り、同作品のキャスティングは高く評価され、川村さんはエミー賞のドラマシリーズ部門キャスティング賞にもノミネートされている。
今回、そんな川村さんに「キャスティングディレクター」という仕事の内容、そして人の才能を見抜く方法について伺う機会を得ることができた。今後ますます注目される、キャスティングの仕事とは、どのようなものなのだろうか。
『SHOGUN 将軍』の大ヒットを受けて
――エミー賞授賞式前に貴重なお時間をいただきありがとうございます。まずは、『SHOGUN 将軍』大ヒットの結果を受けた、率直なご感想をお聞かせください。
ありがとうございます。これはもう本当に驚きと喜び。撮影してるときは想像もしてなかったので、本当に嬉しい結果です。
――制作当時はこれほど大ヒットするとは想像していらっしゃらなかったということですか?
はい。海外のスタッフが中心となって作っていたので、文化的なことも含めて日本をどこまできちんと描写できるのか、完成した作品を見るまで本当に分かりませんでした。これはキャストもスタッフも、みんなが言っていました。「どうなるんだろう」っていうドキドキがあって、でも最初に完成した作品を見たときに「すごい。ちゃんとできているし、本当にすばらしい!」ってみんなが感じたと思います。そういう感動ってなかなかないですよね。
「キャスティングディレクター」の仕事とは?
――それでは、キャスティングディレクターのお仕事内容についてお聞きしたいと思います。
簡単に言うと、役に合う俳優を発見し、監督やプロデューサーに対して提案させていただくというお仕事です。オーディションも担当します。
――『SHOGUN 将軍』のキャスティングは、どのような形で行われたのでしょうか。
実は日本とアメリカではキャスティングの仕事も異なっていて、日本はオーディションが少ないのですが、アメリカはほぼ100%オーディションです。スターだからという理由でキャスティングされることもありますが、通常の作品は基本的にすべてオーディションを通しますね。
――日米でキャスティングの考え方も異なるのですね。もう少し具体的に教えていただいてもよろしいですか?
アメリカのテレビシリーズでは、ショーランナーというトップのプロデューサーがいてその方が音頭を取って制作していきます。監督も数人いらっしゃって、キャスティングはショーランナーとメインの監督、製作スタジオのプロデューサー、そしてキャスティングディレクターで決めます。
――今回の製作スタジオはディズニーの「FXプロダクション」ですが、キャスティングはどのように割り振られていたのですか?
アメリカのキャスティングディレクターが先に立ち、製作チームの中に私が入って、話し合いながら日本人俳優のキャスティングをしていくスタイルですね。当時はコロナ禍で対面が難しかったので、オンラインオーディションでした。
『SHOGUN 将軍』のキャスティングはどのように決まった?
――『SHOGUN 将軍』のキャスティングで印象に残っているエピソードをお聞かせください。
そうですね、戸田鞠子役は本当に難しかったです。作品をご覧になった方は分かると思うのですが、英語の台詞も日本語の台詞もたくさんあって、両方ネイティブでなくてはいけませんでした。そのうえにお芝居もできて、女優としての魅力も必要です。オーディションでアンナ・サワイさんと出会ったときは「あ、鞠子がいた!」って思わず言ってしまいました。それくらい印象的でした。
――アンナ・サワイさんは本当に大抜擢でしたね! その他の役ではいかがですか?
樫木藪重役の浅野忠信さんも欧米で大変活躍されていますが、オーディションを受けていただいています。浅野さんにオファーする際には、「俳優・浅野忠信にとって、これは必ず意味のある役になりますよ!」って説得をしました。確信を持っていたので。
――樫木藪重は裏・表のある、難しい役ですよね。浅野忠信さんが演じるにふさわしい役でしたし、新たな魅力を引き出していたと感じます。
才能の原石を見いだすためには?
――キャスティングディレクターに求められる能力について、お考えをお聞かせください。
大きく3つあると思います。ひとつ目は、脚本を読んで役をイメージする想像力。ふたつ目は、俳優として現場で通用する最低限のスキルがあるかどうかを見抜く力。3つ目は、ちょっと直感みたいになってしまうのですが、将来性・スター性を見抜く能力です。
――アンナ・サワイさんのような、開花前の才能をどうやって見分けるのでしょうか。
見たことのない方は常に注目して見ています。とくに海外のオーディションでは知らない方が本当にいっぱい応募してくださって、その方たちとお会いしたり見たりする機会ができるので、新しい才能、個性、将来性には常に目を光らせています。
――川村さんが目を光らせるポイントは?
すごく難しい質問ですが、俳優として上手いか下手かとはまた別だと思っています。もちろん俳優としてのスキルは本当に重要なので、最低限それがないとオーディションは受かりません。でも、それにプラスして、美しいとかカッコいいとかそういうことだけではない、キラッと光る人としての魅力・個性が見えるんですよね。
光っていると感じた人は、その時に役を得ることができなくても、後から活躍する人も多いです。実際、私の印象に残っている人はだいたい活躍しています。俳優が一番キラキラする時期っていうのは、その人によって違うんだろうなって思います。
――それでは、適材適所のキャスティングのために心がけていることを教えてください。
「なるべくフラットでいよう」ということですね。次のステップで監督やプロデューサーが面談して見極めていくわけですから、私の立場では余計な先入観を持たないようにしています。私の個人意見が監督やプロデューサーと同じとは限らないからです。この役はこんなイメージというものを自分の中で作り上げたうえで、その俳優さんの素を思い出さないこと。例えば、「この人は優しい役が似合う」「この人は悪役は似合わない」といった固定概念を無くすことです。
――多くのビジネスパーソンが「人を見る目を養いたい」と思っています。川村さんはどうやったら養えると思いますか?
素敵な人たちと付き合うこと、それだけですね。
――最後に、川村さんが考えるキャスティングディレクターの使命について教えてください
仕事をしてきて実感するのは、「ジグソーパズルのように素敵な絵のピースは最初に決まっていて、"このピースしかはまらなかった"と組み上がった後にわかる」ということです。良い作品であればあるほど「やっぱり、この役はこの人しかいなかった」って感じます。そういう「世界中に散らばったピースを探してくる」のが、私の仕事だと思っています。
才能を見つけ出し、輝く役につける面白さ
キャスティングディレクターは、役者選びによって物語に息を吹き込む役割を担う。近年、その重要さが認知され、2026年に実施される第98回アカデミー賞でも「キャスティング賞」が追加される予定となっている。
電通キャスティングアンドエンタテインメントは、CMや広告のみならず、そんなエンターテインメント領域のキャスティングを行う会社のひとつだ。将来輝く原石を見つけ、その人が輝く役につけ、作品の質を向上させる。そんな仕事をしてみたい方は、ぜひキャスティングディレクターという仕事があることを覚えておいてほしい。