元上司の一言でメジャーな半導体企業への転職を決意

2000年のゴールデンウイーク明けに久しぶりにお会いした傳田(信行)さん(インテル時代の直属の上司)の一言が、転職の動機付けとなった。

「川上、今までザイコ―やザイログで随分と長い間苦労してきたのだから、そろそろメジャーな半導体企業に復帰する事を考えてみたらどうだ」。その場は傳田さんからの問題提起を、ただ呆然と聞き入った。帰宅途中、傳田さんの言葉が鮮明に蘇って来た。その言葉は確かに私の心に火をつけた。

それから数日経った2000年5月下旬、シンガポールの人材紹介会社から電話連絡があり、FPGAベンダであるXilinxの日本法人であるザイリンクス株式会社が代表取締役社長を求人募集中であるとのこと、私は有力な候補者の1人としてリストアップされていることを告げられた。そして、そのポジションに多少でも興味があるならば、面接を受けて見ることを強く勧められた。

私は翌週には、Xilinx本社から来日中のSteve Haynes (当時Vice PresidenWorldwide Sales)と面接する事になった。指定された面接場所は、新宿パークハヤットホテル最上階レストラン「ニューヨークグリル」であった。このレストランは、以前ZilogのCurtis Crawford CEOと会食した思い出の場所でもあった。

Steve Haynes副社長との夕食を兼ねた面接は、とてもテンポよく、愉快だった。後になって、副社長からは初対面での私の自然な振る舞いがとても良い印象として残ったとの賛辞を贈られた。それから3週間後、私はXilinxのカリフォルニア州サンノゼにある本社(Xilinxキャンパスと呼ばれている)に招かれ、朝9時から連続で5人の副社長との面接に挑んだ。

面接当日の夕方、Xilinxの広いキャンパスでは、年間10億ドル売り上げ達成記念パーティが盛大に開催され、多数の社員が笑顔で参加していた。午後5時に予定されていた最終面接を控え、私はXilinx CEOであるWillem P. Roelandts(Wim Roelandts)氏が居る隣の部屋(会議室)で待機していた。

CEOは会議室に入って来るなり、私に詫びを申し出た。「妻をこれから歯科医に連れて行くことになったので、今日の面接は15分で切り上げさせてもらって、続きは明朝8時に行いたい」。私は手短に「Yes, I have no problem」と答えた。Roelandts CEOは微笑みながら、私に2つの質問を投げかけて来た。

最初の質問は私の今までの上司の中で最悪の上司とその主な理由。次の質問は最高の上司とその主な理由であった。CEOは私の回答に肯きながら、「See you tomorrow」と短い言葉を残し部屋を後にした。私は翌朝、Roelandts CEOと2回目の最終面接を終え、日本へ帰国した。

面接2日目の地元紙の朝刊(サンノゼマーキュリーニュース)中ページ一面に、顔写真入りでXilinx社員達からWim Roelandts CEOへ宛てた感謝のメッセージが掲載されていたことを今でも強烈な印象として記憶している。そこに記載された社員一同から会社最高経営責任者への感謝の言葉に胸が熱くなったのを今でも思い出す。私はザイリンクス株式会社への入社日を、自身の誕生日である2000年7月28日に意識的に合わせた。情熱と希望に溢れた46歳の新たな旅立ちにしたかったからだ。

1984年、Bernard V. Vonderschmitt(バーナードボンダーシュミット)氏は61歳で、仲間2人とFPGAと呼ばれるプログラマブル・ロジック・デバイスを開発する専業半導体メーカー「Xilinx」を創立した。そして13年の間、同社の社長として激務をまっとうした(同氏は同社設立20周年目の2004年に逝去されている)。彼は半導体製造工場を所有しないまったく新しいビジネスモデルの先駆けとしてXilinxを立ち上げ、今日の世界有数のファブレス半導体メーカーとして飛躍的な成長を成し遂げる礎を築いた。

Xilinxを設立する以前は、Zilogにおいて副社長兼マイクロプロセッサ部門のジェネラルマネージャを務められた。61歳の高齢で、自己実現に向かって貪欲に挑み続けたVonderschmitt氏を私は心から敬っている。

ザイリンクスの代表取締役社長に就任直後、Xilinx本社へ出張した際、当時のCFOからXilinxの企業文化、つまり創業精神が込められた8文字の「CREATIVE」を教わった。

  • 頭文字CはCustomer First (顧客重視)
  • RはRespect (尊厳に値すること)
  • EはExcellence (卓越性)
  • AはAccountability (説明責任)
  • TはTeam Work ( チームワーク)
  • Iは Integrity (誠実さ)
  • VはVery Open Communication (きわめてオープンコミュニケーション)
  • EはEnjoy work (仕事を楽しむこと)

Xilinxは2003年には米国Fortune誌の "働きたい企業ベスト100社"の全米4位にランキングされ、"レイオフは最後の手段"と言う企業ポリシーで広く賞賛された。

私は特に "Enjoy Work(仕事を楽しむ)"という企業風土が一番気に入った。自分の職務を含め仕事をエンジョイするのは、一見容易に思われるけど、実は大変難しい。そのような難しさに直面する出来事が、この後、起こることになろうとは、この時はまだ知る由もなかった。

(次回は9月27日に掲載予定です)

著者紹介

川上誠
サンダーバード国際経営大学院修士課程修了。1979年 Intel本社入社。1988年ザイコ―ジャパン設立以降、23年間ザイログ、ザイリンクス、チャータードセミコンダクター、リアルテックセミコンダクターなどの外資半導体メーカーの日本法人代表取締役社長を歴任。そして2012年ハーバード大学特別研究員に就任