社団法人情報処理学会は、昨年度(2009年度)から情報処理技術遺産および分散コンピュータ博物館の認定制度を開始している。日本のコンピュータ技術の発達史上において、貴重な研究開発成果や、国民生活/経済/社会/文化などに顕著な影響を与えたコンピュータ技術や製品などを対象に認定。次世代に継承していく上で重要な意義を持つ情報処理技術遺産の保存と活用を図ることを目的に開始された制度だ。

情報処理学会の白鳥則郎会長

情報処理学会の白鳥則郎会長は、情報処理技術遺産の意義について次のように語る。

「機械式コンピュータの登場から約100年、電子式コンピュータの歴史で約50年の歴史を持っている。日本においても貴重な研究開発の成果や重要な製品が登場しているが、これらが保存されておらず、日に日に失っている状況にある。欧米の産業を見ると、歴史的な遺産として保存され、若い世代の教育にも活用しており、日本とは対照的な取り組みとなっている。情報処理学会では、現存する貴重な史料を、コンピュータに特化した実博物館のような形で保存すべきと考え、関係省庁など各方面に働きかけているが、具体的な実現手段がない。そこで、まずは残っている貴重な史料の保存を図るとともに、我が国のコンピュータ技術の発展を担ってきた先人たちの経験を次世代に継承していくことが急務であると考えた。情報処理技術遺産の認定制度は、その一助として設けたものになる」

機械式計算機の第1号は、1902年に福岡市豊前市出身の矢頭良一氏が発明し、1904年ごろに生産された自働算盤といわれている。まさに100年以上の歴史を持つことになる。その後、日本のコンピュータ産業は、パラメトロンの発明や、トランジスタ化では欧米に先行するといった先進性を誇っていたのだ。

現在、情報処理学会のWebサイトでは、コンピュータ博物館を公開しており、情報処理技術遺産などの情報を公開しているが、毎月のアクセス数は月10万件に達しているという。ここからも、多くの人が歴史的遺産に対する情報を欲していることを裏付ける結果となっている。実際に、現物を見られる環境というのは、多くの人が求めているものだといえよう。

情報処理学会では、昨年の第1回目には、23件の情報処理技術遺産と2件の分散コンピュータ博物館を認定。第2回目の今年は、11件の情報処理技術遺産と2件の分散コンピュータ博物館が認定され、3月9日に東京・本郷の東京大学本郷キャンパス小柴ホールにおいて、第2回目の認定式が行われた。

3月9日に東京・本郷の東京大学本郷キャンパス小柴ホールで行われた認定式では認定証が各社に授与された

認定に関する具体的な条件は以下の通りだ。

  • その時代において独創性または新規性が著しかったもの
  • その時代において性能が格段に優れていたもの
  • 情報処理の技術の発展過程において一時代を画したもの
  • 新たな産業分野の創造に寄与したもの
  • 技術的波及効果の大きかったもの
  • 製造技術上特筆すべき工夫があったもの
  • 日本あるいは世界の標準的な技術となったもの
  • 日本独自の技術で他国には類を見ないもの
  • 最初あるいは現存する最古のもの
  • 動態保存されるていあるいは製造当初の姿をよく留めているもの
  • 意匠上特段の創意があるもの
  • 情報処理技術の継承を図る上で重要な教育的価値を有するもの
  • 国民生活の発展、新たな生活様式の創出に顕著に貢献したもの
  • 社会、文化と情報処理技術の関わりにおいて、重要な事象を示すもの

対象になるのは、部品/基板/装置/システム/設計図などが、実際の現物として残っているものであり、上記の条件に合致するとともに、認定の事実を情報処理学会が公表すること、認定された技術遺産をできるだけ希望者に公開することを条件としている。また、認定した遺産については、所有者が保存に努力するとともに、これを売却あるいは譲渡、廃棄する場合には事前に情報処理学会へ通知することも認定条件に加えられている。そして、歴史遺産に認定された製品と同じものを所有している場合も、認定遺産と同じもと称することはかまわないという。

情報処理学会歴史特別委員会 発田弘委員長は、「把握しているだけでも100件を超える貴重な遺産が残っている。そのなかから、重要性、緊急度、保存状態などを勘案して候補を絞った。また、第2回目となる今回は、ソフトウェアを認定することにも力を入れた」としており、ジャストシステムのワープロソフト初代「一太郎」、NECの日本初の科学計算用コンパイラ「NEAC-2203 NARC」が、ソフトウェアとして初めて情報処理技術遺産認定されたことを示した。

ジャストシステムの福良伴昭社長と初代「一太郎」の情報処理技術遺産認定証

昨年認定されたPC-9801の認定証

昨年認定されたPC-9801の認定証

発田委員長は、「時間的な制約や、費用的制約などで今回の認定に入らなかった貴重な遺産はまだある。今後も継続的に調査活動を行い、認定活動につなげていきたい」とした。

コンピュータの歴史的発展課程を止めることなく次代に残すという作業は、我々にとって重要なものだといえる。その点でも、情報処理技術遺産の認定制度は、重要な意味を持つ取り組みだといえよう。

なお、今年、認定された情報処理技術遺産および分散コンピュータ博物館は以下の通りだ。

情報処理技術遺産 分散コンピュータ博物館
微分解析機、HITAC 201、NEAC-2203 NARC、MARS-101、NEAC-1210、MELCOM81、SCK-201形漢字鍵盤さん孔機、FACOM 603F磁気テープ装置、OASYS 100および親指シフトキーボード試作機、初代「一太郎」 東京理科大学近代科学資料館、東北大学サイバーサイエンスセンター展示室

OASYSの生みの親である富士通の神田泰典顧問と、OASYS 100および親指シフトキーボード試作機の情報処理技術遺産認定証

全国の列車の予約関連業務全般を扱う日本初の本格的なオンラインリアルタイムシステム「MARS-101」と開発者の穂坂衛氏

昨年認定された九元連立方程式求解機。1944年に開発された

同じ昨年認定されたETL-MarkII。1955年に開発された