「新政権になってから、環境、エネルギーなどに関して、産業界とのコミュニケーションがまったく取られていない。これでは不安になるばかり」 -- 2月26日に業界9団体が開いた「地球温暖化対策基本法案に関する提言」に関する記者会見では、新政権に対する不満の声が相次いだ。その不満の矛先は表題の通り、政府が3月上旬にも今国会に提出する「地球温暖化対策基本法案」に関するものだ。産業界とのコミュニケーションが図られないまま、法案が提出されるというプロセスに対して異議を唱えた9団体が業界の枠を越えて連携した格好だ。9団体は、石油連盟、社団法人セメント協会、電気事業連合会、社団法人電子情報技術産業協会、社団法人日本化学工業協会、社団法人日本ガス協会、社団法人日本自動車工業会、日本製紙連合会、社団法人日本鉄鋼連盟。

日本の産業界を代表する面々がずらり。温度差や観点は業界ごとに違うものの、地球温暖化対策基本法案に反対するという立場は全員一致している

  • 国民の理解と納得を得るための民主的なプロセスを
  • 中期目標の明記や排出量取引制度、地球温暖化対策税、固定価格買取制度のなどの主要施策について
  • 産業界の決意と提言

の3点から構成される提言の詳細は、別稿を参照していただくとして、会見では、パブリックコメントでは多くの懸念の声が出ている実態や、それに対する説明がないこと、さらには、25%削減のために必要なクレジット購入費用が5年間で2 - 4兆円に達すること、日本の中期削減目標がIEAの必要目標値を大幅に上回っていること、温暖化対策のための家計負担の国民意識と想定される負担額に大きな乖離があることなどがデータとして示された。

パブリックコメントの結果

クレジット購入の負担額は5年間で最大4兆円にも!

先進国の中でも日本の中期目標のハードルは高い

主要排出国の中期目標

実は、この提言の影響もあり、今週中に見込まれていた閣議決定は来週以降となり、1990年比で25%のCO2削減という中期目標を盛り込む基本法案の今国会への提出を前に、大がかりな調整を余儀なくされている。

実際、会見における各団体代表のコメントは、産業界が「地球温暖化対策基本法案」に対して、どれだけ困惑しているのかが伺いしれる内容となった。

提言の意義を説明した社団法人日本鉄鋼連盟の環境・エネルギー政策委員会の進藤孝生委員長が、「経過が不透明のなか、1990年比でCO2を25%削減するという中期目標が、国民不在の過程で検討されていることを懸念している。政府内の検討プロセスを明らかにし、国民の理解を得ることが不可欠」と口火を切ると、社団法人セメント協会 地球温暖化対策特別委員長の福島秀男氏(太平洋セメント取締役常務執行役員)は、「環境税の導入により、セメント業界全体で300億円弱の負担が見込まれ、これを価格転嫁できない場合には、日本国内での生産継続の可能性について経営判断を求められる。政府からのトップダウンではなく、各セクターからのボトムアップにより、慎重かつ透明性のある議論が必要」とコメント。電気事業連合会 専務理事の久米雄二氏は、「非公開で議論が進められていることを憂慮している。エネルギー税の導入により、電力業界では4,300億円の負担がある。また、100%のオプショントレードクレジットや再生可能エネルギー買い取り制度の影響などにより、2020年には年間1兆円もの影響がある。CO2削減だけではなく、国民生活全体でどんな影響があるのか議論してほしい」などとした。

社団法人日本鉄鋼連盟 環境・エネルギー政策委員会 委員長 進藤孝生氏

社団法人セメント協会 地球温暖化対策特別委員長 福島秀男氏

電気事業連合会 専務理事 久米雄二氏

また、石油連盟・政策委員会副委員長の比留間孝壽氏(出光興産 常務取締役)は、「1990年比で25%削減という不透明な目標が立てられており、また環境、経済、エネルギーの3つのEの観点から10年後、20年後どうするかといった政策が必要。電力、ガス、石油をどうベストミックスさせるのか、エネルギーセキュリティをどうするかを議論すべき」と提言。さらに、社団法人日本ガス協会 常務理事の久徳博文氏は、「ハードルが高い目標と認識している。国民各層との会話によって、基本法の導入の意義について十分議論を深めてほしい」としてほか、日本製紙連合会 常務理事の二瓶啓氏は、「製紙業界では、海外植林によって、1億4,000万トンのCO2の吸収という蓄積があり、さらに原燃料をいかに使わないで済むかといったエネルギー効率に向けた投資を行っている。だが、新政府では産業界とのコミュニケーションが取られておらず、現在の経済状況のなかで、将来の負担がわからないというのは不安でならない。しっかりとしたシナリオを描いてもらいたい」と要望した。

石油連盟 政策委員会 副委員長 比留間孝壽氏

社団法人日本ガス協会 常務理事 久徳博文氏

日本製紙連合会 常務理事 二瓶啓氏

そのほか、社団法人電子情報技術産業協会 理事 環境部長の湛久徳氏は、「十分な国民の理解を得ないままでは、国民生活にも甚大なる影響を及ぼすことになり、技術を生かした省エネ商品を開発しても、導入されない可能性がある。それではITによる省エネ化も進まない。意見交換の場が必要である」としたほか、社団法人日本化学工業協会 常務理事の中田三郎氏は、「省エネで最も貢献できるのは産業界である。化学製品を作る際に排出するCO2を1とすると、作られた製品がCO2削減に貢献する量は、2030年には4にも、5にもなる」などと、産業界の省エネ化に理解を示してほしいとの意見も出た。

さらに、社団法人日本鉄鋼連盟 環境・エネルギー政策委員会 進藤孝生委員長は鉄鋼業界の立場から、「鉄鋼業界では、エコプロダクトや省エネ施設の稼働によるエコソリューションなどを全世界に展開するだけで、年間3.4億トンのCO2を全世界で削減できる。これは日本が削減目標としている25%に匹敵するものである。鉄鋼業界だけで目標を達成できることにもなる。こうしたところに力を入れるべきではないだろうか」とする。

一方、社団法人日本自動車工業会 副会長の名尾良泰氏は、「日本の産業界は高いハードルを乗り越え力があり、活性化するためには高い目標値が必要という声もあるが、そう簡単に達成できる数字ではない」と前置きし、自動車業界の状況について説明した。「ロードマップでは、ハイブリッドカーが50%、電気自動車が7%という販売台数のシェア目標があり、すでに乗用車では10%がハイブリッドカーになっている。しかし、1,013車種があるうち、ハイブリッドカーは26車種しかなく、10年間にモデルチェンジが1、2回しかないという状況にある。また、50%の構成比で売るには、設備投資も必要であり、それだけで12兆円のコストがかかる。企業が倒産する例として多いのが設備投資負担によるもの。計画通りに売れなければ、経営にヒビが入る大変な事態になる」と警告した。

社団法人電子情報技術産業協会 理事 環境部長 湛久徳氏

社団法人日本化学工業協会 常務理事 中田三郎氏

社団法人日本自動車工業会 副会長 名尾良泰氏

このように、業界ごとに影響との度合いは違うものの、いずれも基本法案に対する姿勢は反対の立場をとっている。

実は、麻生太郎前首相による政権時代には、2020年までにCO2排出量を、2005年比15%削減する方針を打ち出したが、これも産業界の意見が通ったものではなかった。だが、「意見は通らなくても、タスクフォースの内容を公開し、議論を公開の場で行い、世論調査も行ったという点では納得せざるを得ないもの。選挙で多数の議席をとったからといって、今回の法案がこのままで国会で採決されるのでは、民主的なものプロセスとは到底言えない」とする。

産業界の反発に対して、政府はどんな一手を打つのか。この数週間の動きが注目される。

地球温暖化対策基本法案は「国民負担を増大させる」という産業界一致の見解