前回のコラムの最後で、今回はインドのビザ政策の変更かインド・グジャラート州の雌牛の屠殺禁止法案について書くと予告した。しかし、またも予定変更である。ビザ政策の変更でますますインドに渡航できなくなったとか、インドで牛肉を食べられなくなる……といったことも大きな問題だが、もっと大きなニュースが流れた。ギリシャ問題でもウォール街を占拠したデモの話でもない。何といっても、この2週間における最大の話題は「iPhone 4S狂騒曲」である。

「iPhone 4S狂騒曲」の影でインドでは……

10月4日、米アップルはiPhone 4Sを発表した。しかし、発表当日はここまで大きな話題にはならなかった。

翌5日、iPhoneの生みの親である同社前CEOのスティーブ・ジョブズ氏が他界したことで空気は一変。ビートルズのジョン・レノンが亡くなった時と同じように、ジョブズ氏が最後に送り出した製品 iPhone 4Sの話題が爆発した。

もうひとつ。

こちらはiPhone 4Sの話題にかき消されたが、同じ5日にインドからも大きな話題が飛び込んできた。車のタタ「ナノ」発表時と同じ衝撃的な「タブレットPC」の発表である。

1日で100万台の予約が殺到したiPhone 4S

筆者はiPhone 4を愛用している。

最初はiPhone 3Gを使っていたのだが、落として壊してしまったためiPhone 4に買い替えた。今ではメールのチェックもTwitterもすべてiPhoneで行っている。長文メールや文書作成にはパソコンを使うが、その他の作業はiPhoneがあれば十分。何といっても操作性が良い。指2本だけで流れるように使える。ジョブズ信者が生まれるのも当然である。

だが筆者にとって、今回のiPhone 4Sはそれほど魅力があるとは思えない。

3Gから4にかけては、マルチタスクが可能になったことでスカイプで電話の待ち受けができるようになった。しかし4Sは、処理性能が向上したこととカメラの性能が良くなったことぐらいしか変わった点が見えない。ソフトバンクモバイルの場合は通信速度が改善するとのことだが、いつも無線LAN経由でネットワークにアクセスしている筆者には関係ない。使わない機能は意味がない。

処理速度が向上したといっても、所詮スマートフォンである。それほど性能差が問題になるわけではない。カメラの性能差もそんなに気になるものではない。いくら良くなったといっても、動体の撮影にはカメラ専用のデジカメにはかなわないし。

それよりも今回のソフトバンクモバイルのキャンペーンで、iPhoneユーザーがiPad 2を安く買えるようになったことの方が魅力を感じる。しかし、業績不振の当社にとってはそれも夢の中の話である。

だがジョブズ信者にとっては違う。

iPhone 4Sは、予約開始から24時間で世界で100万台の予約が殺到した。iPhone 4の時は60万台だったとのことなので、それだけ「にわかジョブズ信者」が増えたのだろう。10月14日の発売時にも店頭に客が殺到し、ソフトバンクモバイルのサーバーが処理しきれなくなって大混乱に陥ったようだ。

デザインと操作性でこれだけの信者を作ったのだから、すごい商品ではある。

インドから生まれた新たなイノベーション

先進国がiPhoneなら、発展途上国インドのイノベーションは「空」(アーカッシュ)である。ジョブズ氏が亡くなった同じ10月5日、インド政府は1,750ルピー(約2,700円)と「世界最低価格」のタブレットPCを開発し公開した。インド政府やインド工科大ラジャスタン校が共同開発し、英「データウインド」社が製造する。実際の製造費は2,250ルピーだが、インド政府が費用の一部を負担、学生向けに10万台を1,750ルピーで売る。

アップルのiPadは、インドでは最安モデルが600ドルとのことであり、アーカッシュは1/10以下の価格となる。もちろんデザインや操作性はiPadの比ではないだろうが、7インチのタッチスクリーンを搭載し、OSはAndroid、Wi-Fiインターネット接続機能とマルチメディアプレイヤーを内蔵。さらに、2GBの外部記憶装置と2つのUSBポートが実装されているとのことである。これはもはや立派なPCだ。このアーカッシュ、将来的には10ドルにまで値下げされるとのことだ。

インドの大学生は中国とは違う、中産階級以上の出身である。携帯電話と変わらない値段なら誰でも買える。IT利用に関する後進国インドを一気に変えようとする政府の意気込みである。

たしか2年前だったか、タタ自動車が2,000ドルで「ナノ」を発売した。余計な機能を削ぎ落とし、バイクしか買えなかった中間層が車を買えるようになった。欧米からは「ワイパーもサイドミラーも一つしかない」など不評しきりだったが、タイヤはバイクの2倍の4個もある。バイクにはワイパーなどない。インド式イノベーションが生み出した車である。

タタ自動車の「ナノ」

携帯電話もそうだ。1,000ルピーも出せば立派な携帯電話が買える。筆者はそのインドの携帯電話を中国でも使っている。中国のSIMカードを挿入すれば何も問題なく使える。その点では日本の携帯電話より良い。

農村の情報システムは驚異的である。ショートメールを使った作物の出荷価格の情報システムをNOKIAが提供した。

トイレを屋内で利用する人口よりも携帯電話を利用する人口の方が多い国……それがインドである。目的を明確にし、見栄えを捨て、工夫に工夫を重ねて実現する、これがインドのイノベーションである。

インドで買ったノキアとサムスンの携帯電話

日本もインドを見習う時期だ

日本のiPadやiPhoneユーザーがインドのアーカッシュに満足するかといえば否であろう。しかし、誰もがiPadを買えるわけではない。筆者も買えない。格差が拡大し、ワーキングプア問題だとか生活保護世帯数が戦後最高になろうとしている昨今である。

デジタルデバイドを防ぐためにも、日本もインドを見習う時期ではないかと筆者は考える。アーカッシュに日本語OSとマイクロソフトOffice互換パッケージである中国のキングソフトを搭載すれば、日本でも立派にPCとして利用できる。ハローワークで配ってもいい。ソフトバンクモバイルが東日本大地震の被災地に無償でiPadを提供していたが、アーカッシュなら同じコストで10倍配れる。

スティーブ・ジョブズ氏がスタンフォード大学の卒業式でスピーチした際に「Stay Hungry. Stay Foolish」(ハングリーであれ、愚か者であれ)と結んだが、その精神はインドに生きているようだ。いや、ジョブズ氏もインドで何年間かすごした時期があることを考えると、逆にインドで学んだのかもしれない。このジョブズ氏の言葉だけを考えれば筆者も合格なのだが。

著者紹介

竹田孝治 (Koji Takeda)

エターナル・テクノロジーズ(ET)社社長。日本システムウエア(NSW)にてソフトウェア開発業務に従事。1996年にインドオフショア開発と日本で初となる自社社員に対するインド研修を立ち上げる。2004年、ET社設立。グローバル人材育成のためのインド研修をメイン事業とする。2006年、インドに子会社を設立。日本、インド、中国の技術者を結び付けることを目指す。独自コラム「(続)インド・中国IT見聞録」も掲載中。

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