アイルランドが、キオクシアやラピダスをはじめとする日本の半導体関連企業の誘致活動を加速する。すでにインテルやAMDといった大手がしっかりと根付いているが、さらに海外投資を呼び込んで経済成長の原動力にする。背景にあるのは、最大の産業であるライフサイエンスの成長率が鈍化傾向にあること。右肩上がりの半導体産業に改めて注目し、近く補助金の増額などを盛り込んだ企業誘致施策を公表する予定だ。

  • アイルランド半導体業界の最新動向を、同国の政府産業開発庁(IDA)に聞く
    出所:IDA Ireland

アイルランド最大の産業であるライフサイエンスは製薬と医療機器産業からなり、国内総生産(GDP)の約30%を占める。2番手のテクノロジー分野は同約20%の構成比で、うち半分の10%ほどが半導体関係である。2028年までの半導体産業の年成長率予想が約5%なのに対してライフサイエンスは同3%とみられ、ゆくゆくは逆転も考えられる。

アイルランドには米ファイザーや米ジョンソン・エンド・ジョンソン、米アムジェンといった世界トップクラスの製薬企業が出そろい、継続して事業を拡大してきた。日本のアステラス製薬も昨年、総額3億3,000万ユーロを投じて新工場建設に着工したところだ。

  • アイルランドで成功した業界や事業分野の例
    出所:IDA Ireland

新型コロナウイルス禍で製薬特需があった2022年のGDP成長率は、前年比12%増を記録するなどライフサイエンスの力強さをみせつけた。だが特需の反動で、2023年のGDPはマイナス2.2%にダウン。2025年になって4.6%増の予想とやっと成長軌道が見えてきた。この底堅さを維持するためにも、成長性の高い半導体企業を誘致する必要がある。

アイルランドにとって海外直接投資誘致機関である政府産業開発庁(IDA)の役割は大きく、日本・韓国代表を務めるデレク・フィッツジェラルド(Derek Fitzgerald)氏は、「株式上場したばかりのキオクシアに期待する。ラピダスも2ナノプロセスの半導体量産をぜひ成功させて欲しいし、欧州に事業を拡大するときにはアイルランドを拠点に考えてもらいたい」と、力が入る。

いまアイルランドに進出している日系半導体関連は東京エレクトロン、SCREENグループ、日立ハイテク、レーザーテック、ニコンなどと製造装置がメインであり、その多くがインテルの工場周辺に立地している。これに対してフィッツジェラルド氏は、「日本には半導体材料やソフトウェアに強い会社もたくさんあります」と、誘致すべき対象は多いとみている。

  • アイルランドに進出した半導体関連企業の例
    出所:IDA Ireland

確かに、フォトレジストの東京応化工業やJSR、シリコンウエハーの信越化学工業やSUMCOをはじめ、世界トップクラスの企業が集う日本だが、アイルランドではリンデグループをはじめ欧州系が目立つ。また韓国もサムスン電子、SKハイニックス、LGグループと半導体大手が集積しながらアイルランドへの進出はゼロという状況。日本以上に誘致活動が必要になっているようだ。

アイルランドの半導体産業発展の起点となったのは、1989年に製造技術拠点を設けたインテル。インテルはこれまでに総額300億ユーロを投資していて、最先端EUVプロセスの量産拠点「FAB34」では7ナノメートルプロセスの「インテル4」の量産を2023年にはじめている。インテルにとって経営刷新のカギといえる半導体受託生事業では、「FAB24」(14ナノメートルプロセス)が活用されそうだ。受託生産最大手の台湾TSMCがインテルへ出資するという「噂」があるが、これが実現した時点で、IDAはTSMCにも誘致を働きかける可能性がある。

  • アイルランドの半導体産業発展の起点となった、インテルの概要
    出所:IDA Ireland

半導体産業を振興する上で各国が直面しているのがトランプ関税である。アイルランドの半導体輸出額は約135億ユーロだが、欧州やアジアで組み立てを行うものが多く、米国への直接輸出は少ない。このため「米関税政策の影響は現時点では大きくなっていない」というが、先を読むのは難しい。

こうしたなか、アイルランド政府産業開発庁は6月までに、2030年までの5年間にわたる半導体企業誘致施策を公表することにしている。同国が強みとするのははまず豊富な人材供給。人口約510万人とはいえ年率8%ペースで増えており、平均年齢は36歳。大学まで無償の教育基盤をもち、欧州屈指の非営利の研究開発機関「Tynedall」、開発した半導体を量産前に試作できる政府機関「先端技術製造センター」などインフラも整備している。

  • 欧州の研究開発機関「Tynedall」を中心とするインフライメージ
    出所:IDA Ireland

  • 開発した半導体を量産前に試作できる「先端技術製造センター」。IDAが後援している
    出所:IDA Ireland

誘致した企業の研究開発に対しては補助金と税控除併せて約50%を政府が負担する。しかし半導体産業は各国が誘致合戦を繰り広げているだけに、新たな施策には補助金ほか競争力のある内容になるとみられる。

  • 進出企業の立地一覧。末尾3文字の略称の正式表記は次の通り。ABS:Advanced Building Solution / AOB:Advanced Office Building / AMC:Advanced Manufacturing Centre
    出所:IDA Ireland

  • 進出企業の立地一覧。建設計画や着工時期などがまとめられている
    出所:IDA Ireland

日本については、具体的な誘致目標を定めていない。だが日本を重要視する姿勢は強く、過去最大の海外投資を行って大使館などの政府機関が集まる「アイルランドハウス」を新宿区に建設し、4月から稼働をはじめたばかりだ。

数十年前まで農業と観光の国だったアイルランド。いまやGDPの70%を誘致した企業の輸出が占め、国民ひとりあたりGDPは世界2位にまでなった。この底堅い経済力を維持するためにも半導体企業誘致は最優先の国家プロジェクトとなっている。