東北大学、産業技術総合研究所(産総研)、東京大学(東大)の3者は12月7日、はやぶさ2が小惑星「リュウグウ」から回収した試料の反射スペクトルを宇宙空間に近い形で測定し、リュウグウと同種の母天体から飛来したとされる隕石、および隕石を実験的に加熱した試料と比較した結果、同隕石が地球大気の水や酸素と反応したことで、その反射スペクトルが宇宙にあった状態よりも明るく変化したことを示したと共同で発表した。

同成果は、東北大大学院 理学研究科 地学専攻の天野香菜大学院生(現・客員研究者)、同・中村智樹教授、産総研の松岡萌研究員、東大大学院 理学系研究科附属 宇宙惑星科学機構・地球惑星科学専攻の橘省吾教授らを中心に50名超の国内外の研究者が参加した国際共同研究チームによるもの。詳細は、米国科学振興協会が刊行する「Science」系のオープンアクセスジャーナル「Science Advances」に掲載された。

現在、小惑星と隕石の反射スペクトルを比較することで、小惑星の構成物質の特定が試みられている。また、地球環境の変質を経験していないリュウグウの試料が獲得されたことで、隕石の分析だけではわからなかった宇宙空間での真の小惑星の姿が解明されつつある。

リュウグウ試料の主成分は含水鉱物であり、「イヴナ型炭素質隕石」(以下、CI型隕石)と良く類似しているとされている。ところが両者の反射スペクトルを比較すると、リュウグウ試料はCI型隕石よりずっと黒く、ヒトの目に見える波長域(可視波長域)の反射率にして2倍の差があったとのことだ。

また、実験的に500℃で加熱されたCI型隕石は、リュウグウと同程度の暗い反射スペクトルを示すことも報告されていた。しかし、加熱後のCI型隕石では含水鉱物が部分的に分解しており、含水鉱物が分解していないリュウグウ試料とは異なる構成物質を持つといえるという。

そこで研究チームは今回、リュウグウ試料とCI型隕石の反射スペクトルの差の理由を究明すべく、リュウグウ試料と、CI型隕石の代表である「オルゲイユ隕石」(1864年にフランスに落下)、さらにオルゲイユ隕石をさまざまな条件で実験的に加熱した試料の反射スペクトルを測定し、それら試料の構成鉱物を考慮に入れて互いに比較したとする。

  • リュウグウ試料と、CI型のオルゲイユ隕石

    リュウグウ試料(左、JAXA撮影)と、CI型のオルゲイユ隕石(右、天野大学院生撮影)。リュウグウ試料はオルゲイユ隕石に比べて暗い物質が大部分を占めている(出所:東北大プレスリリースPDF)

まず、リュウグウ試料を地球大気に触れさせない反射スペクトルの測定方法を確立し、宇宙空間に限りなく近い状態で測定を行った。続いて、真空かつ還元的な雰囲気において、隕石試料をさまざまな温度・時間条件で実験的に加熱し、加熱後の試料の反射スペクトルも地球大気に触れさせずに測定された。それらの比較の結果、300℃で加熱された隕石試料が最もよくリュウグウ試料の反射スペクトルの特徴を再現することが確認されたという。

加熱後の隕石試料の構成物質を調べると、300℃の加熱では含水鉱物は分解されないものの、含水鉱物中に含まれる鉄の還元が起きていることが判明。また、オルゲイユ隕石試料中の分子水が加熱によって除去され、硫酸塩が脱水することも明らかにされた。研究チームはこの結果について、このような300℃で加熱された隕石試料の構成鉱物の特徴は、リュウグウ試料の構成鉱物の特徴とより良く一致するとしている。

  • リュウグウ試料、加熱されていないCI型隕石、300℃で加熱されたCI型隕石の反射スペクトル

    リュウグウ試料(青線)、加熱されていないCI型隕石(黒の点線)、300℃で加熱されたCI型隕石(赤線)の反射スペクトル。リュウグウ試料と300℃で加熱されたCI型隕石の反射スペクトルの特徴は全体的な反射率の低さ、波長3マイクロメートル(μm)付近の特徴、波長10μm付近の特徴において良く一致していた。このグラフは論文中の図5Aが改変されて掲載されたもの(出所:東北大プレスリリースPDF)

なおこの結果は、先行研究の結果を踏まえると、リュウグウが過去に宇宙で300℃程度の加熱を受けたということではないとする。オルゲイユ隕石などのCI型隕石が地球環境に長らくさらされたことで、含水鉱物中の鉄の酸化や地球の水の吸着、硫酸塩の生成などが起こり、今回の実験的な加熱によってそれらの地球での変質の影響が多少取り除かれたとする説明がもっともらしいと考えられるとのこと。つまり、オルゲイユ隕石の反射スペクトルは1864年に地球に落下してから150年以上に及ぶ大気中の酸素や水分子との反応の末、地球環境の情報で“上書き保存”された状態であるといえるという。このことは、隕石の分類に用いられる電子顕微鏡観察などのほかの分析手法に比べ、反射スペクトル分析は、始原的な隕石の地球での変質に特に敏感であるということが今回の研究から確認されたとした。

これまでCI型隕石の母天体となる小惑星は、分光観測した場合にCI型隕石のような比較的明るい反射スペクトルを示すと考えられていた。しかし今回の研究により、その根拠となっていたCI型隕石の反射スペクトルは地球大気との反応によって明るく変化した後のものであることが示され、CI型隕石の母天体はむしろリュウグウのようにより暗い(黒い)反射スペクトルを示すことが示唆された。

今回の研究成果は、地球上での隕石の変質によって隕石の反射スペクトルがいかに変化するかを実証するものであり、太陽系に数多く存在する小惑星のそれぞれがどのような物質から構成されるかを観測によって(つまり実際に物質を実験室で分析することなく)、精度よく特定するための手がかりを提供するものであるといえるとしている。