分析機器メーカーが手がける核酸医薬の受託製造
ライフサイエンス・化学分析機器の開発、製造、販売などで知られる大手分析機器メーカーであるアジレント・テクノロジー(Agilent Technologies)。そんな同社が、近年、分析機器ではなく、「核酸医薬」の受託製造ビジネスを開始して注目を集めている。なぜ、同社は分析機器ではなく、核酸医薬の受託製造を開始したのか、その背景を追った。
医薬品と一言で言っても、近年では、段階的な化学合成の工程を経て生産される低分子を主とする「化学医薬品」に加え、化学医薬品とは逆に有効成分が細胞やウイルス、バクテリアといった生物やたんぱく質に由来し、主に高分子を主とし構造が複雑な「バイオ医薬品」の活用が進みつつある。そうした中、第3の医薬品分野として、低分子医薬(化学医薬品)と高分子(バイオ医薬品)の中間に位置する「中分子医薬(創薬)」が、両者の利点を兼ね備え、かつそれぞれの抱える課題も解決できると存在として期待されるようになってきた。
日本でも注目度が高まる中分子医薬
中分子医薬の明確な定義はないものの、概ね分子量が500~数千程度のものとされており、「ペプチド」や「糖鎖」、「核酸医薬」、「天然物」などさまざまな化合物が存在し、多様性があることが知られている。
低分子医薬 (化学医薬品) |
中分子医薬 | 抗体医薬 | |
---|---|---|---|
分子量 | 500以下 | 500~数千 | 15万程度 |
特異性 | 低い | 高い | 高い |
副作用 | あり | 少ない | 少ない |
化学合成 | 可能 (品質管理が容易) |
可能 (品質管理が容易) |
不可能 (細胞や生物を利用して製造) |
製造コスト | 安価 | 比較的安価 | 高価 |
中分子医薬の特徴 (アジレント提供資料を元に編集部作成) |
また、厚生労働省は、2015年に策定した「医薬品産業強化総合戦略~グローバル展開を見据えた創薬~」を2017年12月に改訂。その中で、「iPS細胞と同様に日本が優位性を保っている核酸医薬品の分野においても、今後、海外勢との競争は必至であることから、AMED(日本医療研究開発機構)における「中分子ライブラリ」をはじめとした支援を推進する」とし、核酸医薬品の品質・安全性評価に関する方法論の開発、判断基準の設定、審査指針の明示に資する研究の推進や、核酸医薬の低コスト化を含めた総合的な開発支援の実施を行っていくことを明らかにしているほか、経済産業省も従来、創薬支援としてはバイオ医薬品を中心に行っていたものを、2018年度の「次世代治療・診断実現のための創薬基盤技術開発事業」のテーマとして、「革新的中分子創薬技術の開発」を掲げ、中分子創薬の開発加速を目指す姿勢を打ち出すなど、日本での注目も高まりつつある。
日本でも注目を集めるということは、世界でも注目を集めるということを意味しており、そうした市場の動きに合わせるように、これまで分析機器の提供などを行ってきたアジレントも、米国コロラド州ボルダーに核酸医薬ビジネスの拡大を目指し、受託製造工場を建設、受託生産を開始したという。ちなみに核酸医薬は、DNAやRNAを構成する4種類の物質(アデニン(A)、グアニン(G)、シトシン(C)、ウラシル(U)、チミン(T)、RNAはA/G/C/U、DNAはA/G/C/T)を組み合わせて作られる医薬品で、遺伝子の発現を抑制できる現象である「RNA干渉(RNAi)」や特定の遺伝子を結びつき、遺伝子の発現を停止させる「アンチセンス」といった分野を中心に、たんぱく質に結合して生理作用を阻害する「アプタマー」やDNAの転写因子を捉えて転写を阻害する「デコイ」といった作用機序を活用して治療をするもの。2016年までにそれまでの20年間で承認されていた核酸医薬は3つだけであったが、2017年にはさらに3つの核酸医薬が承認されており、なかでもバイオジェンの脊髄性筋萎縮症(SMA)に対する疾患修飾薬は核酸医薬で初めて世界で売上高10億ドルを超す医薬品の通称である「ブロックバスター」になると見られている。
製造から機器まですべての提供を目指すアジレント
核酸医薬のワークフローは、「合成」、「精製」、「分析」といったもので、同社の従来ビジネスとしては、精製と分析が主であった。これに核酸の受託製造工場「Nucleic Acid Solutions Divison(NASD)」を加えることで、同社は中分子医薬の分野でユニークな立場を得ることとなる。
NASDでは、核酸医薬源薬の開発と製造を行うが、その分量も10gから100kgと柔軟性が高く、かつプロセス開発や分析法開発、分析法バリデーションといったことも担当するなど、ほぼすべてのメソッド開発と試験を実施できる体制が整えられており、単なる受託製造ビジネスの枠を超え、将来的にはそうして蓄えられた精製や分析に関する技術もカスタマへとソリューションとして提供されていくことも考えられるとする。
また、カスタマ側からもNASDに対し、こういったことができないか、といった問い合わせなども来ているとのことで、将来的にはそうした要望にパートナーシップという形で対応し、対応する技術開発を進めたり、その製造ノウハウを提供するといった取り組みに発展する可能性もあるとしており、受託製造を行っている状況である現在、すでに分析機器メーカーとは呼べない状況になりつつあるが、将来的には、少なくとも中分子医薬分野においては、製造から分析まであらゆるニーズに対応するトータルソリューションプロバイダへと変貌する可能性が出てきたといえる。
参考文献
・厚生労働省 「医薬品産業強化総合戦略~グローバル展開を見据えた創薬~」の一部改訂について(公表)
・経済産業省 バイオベンチャーと投資家の対話促進研究会(第1回)
・AMED 平成30年度「次世代治療・診断実現のための創薬基盤技術開発事業」に係る公募について
・AMED 平成30年度「次世代治療・診断実現のための創薬基盤技術開発事業」の採択課題について