高エネルギー加速器研究機構(KEK)は3月17日、マルチプローブの手法を用いて鉄系超伝導物質であるLaFeAs(O1-xHx)の磁気的な性質および構造を調べ、水素置換濃度xが0.4を超える領域で微細な構造変化を伴う新たな磁気秩序相が現れることを発見したと発表した。

同成果は、KEK 物質構造科学研究所 元素戦略・電子材料研究グループによるもの。東京工業大学(東工大) 応用セラミックス研究所の飯村壮史助教、同大 フロンティア研究機構・元素戦略研究センターの細野秀雄教授、松石聡准教授と共同で行われた。詳細は、英国科学誌「Nature Physics」オンライン版に掲載された。

超伝導は送電や磁気浮上リニアモーターカーなどへの応用が期待されているが、現在知られている超伝導物質では超伝導転移温度が室温に比べて相当低く、大掛かりな冷却装置が必要になるという問題を抱えている。超伝導転移温度は最高で140K(-133℃)に留まっており、室温に近い高温超伝導の実現には、新たな発想に基づく超伝導物質の探索とそのメカニズムの理解が必要と考えられている。

一方、高温超伝導物質の探索では、超伝導状態は強い磁場によって壊されるため、鉄やニッケルといった磁性を持った元素を避けることが暗黙の常識だった。ところが、2008年に細野秀雄教授の研究グループによって発見された鉄とランタン(La)などの希土類元素(RE)を含むREFeAs(O1-xFx)系の超伝導体は、鉄を含むにもかかわらず、高い超伝導転移温度(RE=SmでTC~55K)を示すことから、従来とは異なる高温超伝導の可能性を秘めた物質として高い関心が集まっており、現在も世界各地で研究が進められている。

今回の研究対象とした鉄系超伝導体は、鉄(Fe)とヒ素(As)でできたシート状の骨格(Fe2As2層)から構成されており、そのままでは低温で磁気秩序を起こす、つまり超伝導と競合する状態を取る。ところが、図1の四角で囲んだ部分のように、Fe2As2シートの間に挟まれたRE-Oブロック層に含まれるマイナス2価の酸素(O2)の一部をマイナス1価のフッ素(F-)に置き換えるなどの操作を行なうとFe2As2層に電子が供給され、電子濃度の増大とともに磁気秩序が消失し、代わって超伝導状態が現れる。

図1 LaFeAs(O1-xFx)の結晶構造の模式図。青:ランタン、赤:酸素、茶:鉄、黄:ヒ素を表す。四角で囲んだ部分がRE-Oブロック層

細野教授のグループでは、以前から酸化物中で水素原子がマイナスイオン(H-)として振る舞うことに着目し、新物質開発を試みている。これまで、鉄系超伝導体ではブロック層の陽イオン(RE)を変えることで超伝導転移温度が上昇することは知られていたが、陰イオン(O)についてはフッ素置換のみが行われており、濃度も20%程度(x~0.2)までに限られていた。そこで、フッ素に代わりイオン半径の異なる水素で酸素を置換したところ、これまでの限界を大きく超えた高濃度にまで電子を供給できることがわかり、図2のピンク色領域の高い電子濃度側(0.2Cがより高いピーク(最高値~39K)を示す新たな領域(第2の超伝導相)があることを発見。これは、他の超伝導体では見られなかった現象で、鉄系超伝導体の新たな特徴として注目されている。

図2 LaFeAs(O1-xHx)の電子状態相図。■と□は超伝導転移温度(TC)、●と○は構造相転移の温度(TS)、水素置換濃度xが0.2を超えた領域で見つかった新たな超伝導相(ピンク色部分)では、0.05Cが上昇している。x<0.05の緑の領域は構造転移を伴った磁気相

今回、高い電子濃度領域における磁気的な性質および構造を、ミュオン、放射光、および中性子という3つの量子ビームプローブを相補利用するマルチプローブという手法により調べた。その結果、電子濃度xが第2の超伝導相における超伝導転移温度のピークを示す濃度を超えた0.4付近から、xの増大とともに新たな磁気秩序相が発達することがミュオンスピン回転(μSR)法によって明らかになるとともに、放射光、中性子による詳しい実験により、この磁気相が母物質(x=0)と異なるタイプの反強磁性秩序を持つこと、図3の右側AF2とラベルされたピンク色領域のように、磁気転移温度が極大を示すx=0.5付近では構造の変化も伴っていることをつきとめた。

図3 LaFeAs(O1-xHx)の電子状態相図。第2の超伝導領域(SC2)に隣接して水素置換濃度xが0.4を超えた領域で今回発見された第2の磁気秩序相(AF2)が現れる。●がミュオン・スピン回転法、中性子回折により同定された磁気転移温度(TN)、■と▲が放射光により同定された構造変化の温度(TS、TS')。図の中央上段は中性子回折で同定された磁気構造。左上がx=0の母物質中での磁気相(AF1)、右上が今回見つかった新たな磁気相(AF2)、矢印はFe2As2層で鉄イオンが持つ磁気モーメントの向きを示す。下段では構造変化に伴う鉄およびヒ素の原子位置の変化の向きと大きさを模式的に示した

この新しいタイプの秩序相は、LaFeAs(O1-xHx)で見いだされた第2の超伝導相における新しいメカニズムの関与を示唆していると考えられる。今後は、2008年に発見された図3のSC1、0.05