筑波大学と高エネルギー加速器研究機構(KEK)、北海道大学(北大)は10月15日、スパッタリング法を用いて、良質なコバルトフェライト単結晶薄膜を作製したと発表した。

同成果は、筑波大 数理物質系の新関智彦助教(現 東北大学)、柳原英人准教授、喜多英治教授らによるもの。KEK 物質構造科学研究所・構造物性研究センターの中尾裕則准教授、北大大学院 理学研究院の小池和幸教授と共同で行われた。詳細は、「Applied Physics Letters」に掲載された。

HDDなどの磁気記録デバイスは、安価で膨大な情報を記録できる。HDDの高記録密度化には、高い垂直磁気異方性を示す磁性材料が不可欠であり、白金やパラジウムのような貴金属と、鉄やコバルトなどの金属からなる合金、化合物が知られている。中でも、現行のHDD用垂直磁気記録媒体材料には、コバルトクロム白金合金が利用されている。

白金は宝飾品として用いられる希少性の高い貴金属であると同時に、工業材料としても、電子・磁性材料ばかりでなく自動車の排気ガス浄化用の触媒や、点火プラグ、センサなどの用途があり、価格は世界経済の動向に大きな影響を受ける。また、白金の供給元は一部の国、地域に限られており、政治・社会情勢によっても価格は大きく変動する。さらに今後、燃料電池車などの普及が本格的になると、その需要はますます高まることとなり、白金は今後より一層希少な金属となることが予想されている。このため、次世代の磁気記録媒体において、白金(族)を用いない垂直磁気異方性材料の開発が課題とされている。

垂直磁化を示す磁性材料の磁化と磁気異方性(青い実線より上部)Ku値が高いほど、高密度記録に適した材料と言える

今回の研究で着目したコバルトフェライトCoxFe3-xO4(0

スピネル型結晶構造。青丸に鉄、緑丸に鉄またはコバルト、紫丸には酸素が位置する

結晶を歪ませるためには、形状や大きさ(格子定数)の異なる結晶格子を持つ物質の上に重ねるという方法が知られている。今回の研究では、酸化マグネシウム単結晶MgOを基板とし、その(001)結晶面上にCoxFe3-xO4薄膜を成膜した。成膜方法は、HDD媒体の製造に利用されているマグネトロンスパッタリング法で、コバルト鉄合金ターゲット(Co:Fe=1:2および1:3)を用い、反応ガスとして酸素を導入しながら成膜を行う手法を用いた。特に、酸素導入量によってMsが大きく変化することから、酸素導入量をパラメータとしてMsが最大となるよう条件を変えて、最適な成膜条件を見出したとしている。

作製した試料は、KEKのフォトンファクトリーBL-4C(放射光科学研究施設)で格子定数、格子歪などの構造評価が行われた。この結果、膜厚50nm、Co0.75Fe2.25O4の薄膜の逆格子マップを見ると、基板に用いたMgOと比べてCoxFe3-xO4の格子定数は約0.5%小さいため、MgO上に成長するCoxFe2-xO4薄膜は界面に沿ってその格子が引っ張られ、膜が成長する膜厚方向に対しては、逆に格子が縮んでいることが確認された。

コバルトフェライト薄膜と酸化マグネシウム基板の結晶格子定数(逆格子マップ)

また、室温におけるCo0.75Fe2.25O4薄膜のMsは430emu/cm3で、バルクのそれと同等の値(Ms=410emu/cm3)となり、良質なCoxFe3-xO4薄膜が得られた。

コバルトフェライト薄膜の磁化曲線。赤線は膜面垂直方向に磁場を印加した時の磁化曲線。青線は膜面内に磁場を印加した時の磁化曲線

一方、磁気トルク曲線から読み取れる垂直磁気異方性は、印加磁場140kOeにおいて、Ku=9Merg/cm3だった。そして、コバルトの濃度を高めたCoFe2O4薄膜では、Ku=10Merg/cm3だった。さらに、詳細な解析を進めたところ、この試料は、Ku=15Merg/cm3にも達する垂直磁気異方性を持っていることが明らかになった。このKuの値は、現在垂直磁気記録媒体として用いられているコバルトクロム白金合金CoCrPtと比べて十分に大きなものであり、白金を含まない次世代記録媒体材料として有望であるとした。

磁気トルク曲線。(a)はx=0.75、(b)はx=1の組成。磁気トルクの曲線振幅から、磁気異方性が求められる

今回の研究では、マグネトロンスパッタリング法を用いて、バルクに匹敵するMsを有し、かつ、磁気記録材料として十分な大きさのKuを示すCoxFe3-xO4薄膜を実現した。今後は、HDDメーカーとともに、同材料を白金フリー次世代磁気記録材料の有力な候補として、磁気特性や記録媒体としての適性について詳細に検討し、実用化に向けてさらなる磁気特性の向上を目指す。また、CoxFe3-xO4薄膜は、数少ない絶縁性垂直磁化材料であることから、トンネル磁気抵抗素子における強磁性絶縁障壁層やスピン波の導体などのスピントロニクス材料としての展開も期待される。

今回の成果は、CoxFe3-xO4という古くからよく知られた材料であっても、高度に発展した現代の成膜技術や評価技術を駆使することで、実用に資するような特性や機能が発現し得ることを明確に示している。このような、アプローチはユビキタス元素の有効利用を目指す元素戦略的研究手法の1つであり、磁性材料の探索や開発における選択肢が大きく増える可能性を示唆している。さらに、CoxFe3-xO4の強い垂直磁気異方性の物理的機構についても、従来の現象論的解釈から一歩踏み込んだ理解が必要であることを示唆しており、今後新たな知識と理解が生まれてくることが期待されるとコメントしている。