立教大学は、ゲノム科学的手法を駆使し、細胞核を含む全細胞小器官の増殖・遺伝を統御する新たなタンパク質を発見、「TOP(Three Organelle-Divisions Inducing Protein)」と命名したと発表した。

同成果は同大大学院理学研究科の吉田大和 博士研究員(現 ミシガン州立大ヒューマンフロンティアサイエンスプログラム博士研究員)と黒岩常祥 特定課題研究員らのチーム(黒岩晴子博士、大沼みお博士、井元祐太 東京大学JSPS特別研究員)、東京理科大学の松永幸大 准教授らによるもの。詳細は英国科学誌「Journal Of Cell Science」に掲載された。

一般手kに細胞は核分裂後の細胞質分裂により増加すると考えられており、ヒトの場合、1個の受精卵が分裂を繰り返し、最終的には約600兆個の細胞で構成される。しかし、1つの細胞内には、2重膜に包まれた、細胞核、ミトコンドリア、植物であれば光合成をおこなう葉緑体(色素体)の3種の細胞小器官があり、さらに細胞活動に必須な単膜に包まれた4種の細胞小器官、すなわち小胞体、ゴルジ体、リソソームそしてペルオキシソームなどの基本的な細胞小器官が多数含まれており、これらの細胞小器官のどれかが欠けても生命の維持はできないほか、部分的な増殖異常はがんなど疾患を起こし、ミトコンドリアやペルオキシソームの異常も糖尿病など病気の原因となることが知られている。

こうした細胞分裂の仕組みの解明には、複膜系3種の細胞小器官と4種の単膜系細胞小器官、計7種の細胞小器官の増殖と娘細胞への遺伝の仕組みの理解が必須だが、これまで、細胞分裂に伴うそうした細胞小器官の増殖と遺伝に関する研究はほとんど行われてこなかったという。

その理由は、ヒトなど高等動物や植物では細胞内に含まれる細胞小器官の数が、核以外は数百から数千個あり、それらが細胞周期の間にランダムに増えるからであり、そうした問題の克服に向け、今回、研究チームは原始環境(高温酸性温泉)に棲息する500分の1mmと小さい真核生物である原始紅藻シゾン(Cyanidioschyzon merolae)に注目し研究を行った。

シゾンは、ヒトなどの細胞が含むすべての細胞小器官を最少セット含み、その数はほとんど1個であることが知られており、その細胞分裂では、これら細胞小器官が順次分裂倍加し、それぞれ娘細胞へと分配遺伝される。近年の研究から、細胞分裂に際して、細胞小器官は3つのグループに分かれて分裂すること、すなわち細胞核は小胞体とゴルジ体(細胞核グループ)、ミトコンドリアはリソソームとペルオキシソーム(ミトコンドリアグループ)を伴い、そして葉緑体は単独で、分裂・遺伝することが分かってきており、今回、研究チームでは、そうしたシゾンの細胞小器官の分裂の同調化、100%完全解読したゲノム情報、 全遺伝子のトランスクリプトーム、質量分析装置(MALDI TOF-MS AXIMA:MS)によるプロテオーム解析と遺伝子の機能抑制などの科学的手法を用いて詳細な解析を行った。

具体的には、ミトコンドリア(MD)-葉緑体グループの分裂後細胞核グループが分裂することから、全細胞小器官の分裂を誘導する因子は、MD-葉緑体分裂(PD)マシーンに存在すると考えられたことから、その極微のMD-PDマシーン複合体を細胞から取り出し、その構成全タンパク質をMS使ってプロテオーム解析を実施。その結果、分裂初期にのみ存在する21個のタンパク質の中に分裂に関わるTOPを発見したという。

詳細にTOPのアミノ酸配列を調べたところ、キネシンのモータードメインを1つ持つKIFCに似た新しいタイプのタンパク質であることが判明。これまでキネシンファミリの多くはモータータンパク質として細胞小器官の細胞内輸送の研究が行われてきたが、ミトコンドリアなどの細胞小器官の分裂に関わる報告はほとんどなかったという。

そこで、TOPの細胞内での局在を免疫蛍光顕微鏡法や免疫電子顕微鏡法を用いて調べたところ、その後、TOPは2つに分かれ、それぞれ細胞核の分裂マシーンの両極(紡錘体の中心体形成域)に移動することを確認。MD-PDマシーンの収縮にタンパク質のリン酸化が必要だが、TOPはオーロラキナーゼの一種であるCmAURをMD-PDマシーンに誘導し、リン酸化を起こすことも確認された。

さらに、TOPの機能抑制をしたところ、ミトコンドリア、葉緑体、細胞核の分裂が阻害され、その結果、単膜系の細胞小器官の分裂・遺伝も起こらないことが確認されたという。

これは、TOPが核分裂の際にもオーロラキナーゼを誘導し、タンパク質をリン酸化し、他のタンパク質の助けをかりて核分裂を遂行していることを示すもので、DNAを含む二重膜に包まれた3細胞小器官、単膜系の4細胞小器官の分裂・分配・遺伝を統御していることが判明したという。

今回の成果は、これまで考えられてきた細胞分裂の考え方に、細胞分裂の際には、核を含む7種の基本的な細胞小器官も増え遺伝をすることを加えるものとなることから、研究グループでは、今後は細胞分裂の研究においては、これら細胞小器官の増殖・遺伝も考慮して研究を進める必要があると説明する。

TOPはヒトを含めたほとんどすべての生物に存在している普遍性のある遺伝子であることから、多くの生物でも同様な機構が働いていると考えられるという。特にがんは組織における異常な細胞分裂が原因と考えられているが、恐らくTOPのような遺伝子が活性化されることに原因があることが考えられると研究チームでは説明しており、今後、病気の原因究明には細胞小器官の増殖制御の視点からの研究が必要になってくるとするほか、現在、研究チームでは、食糧やバイオエネルギーの基となる「油」や「デンプン」の生産の向上に向けた取り組みを進めているが、そうした分野でも細胞小器官の小胞体や葉緑体の増殖が直接関係していることが分かってきたことから、今回の成果を活用することで、生産向上にむけた応用研究の展開が期待されるようになるとコメントしている。

TOPの全細胞小器官の分裂を制御する仕組み。(A)はTOPによるミトコンドリアと葉緑体の分裂制御の細胞モデル(左)、単離したミトコンドリア-葉緑体分裂マシーンのモデル(中)とその蛍光顕微鏡像(右)。TOPはミトコンドリア分裂マシーン上にある(緑)。N、細胞核(Mt)、ミトコンドリア(MD)、ミトコンドリア分裂マシーン(Cp)、葉緑体(PD)、葉緑体分裂マシーン。(B)は、TOPによる細胞核分裂の統御細胞モデル(左)とその蛍光顕微鏡像(右)。TOPは細胞核分裂マシーン(紡錘体)(赤)の両極に局在(緑)。(C)はTOPによる細胞分裂の基本的な仕組みを示すモデル。TOPは3複膜系(Mitochondrion、Chloroplast、Cell nucleus)の増殖・遺伝の制御を通して4複膜系細胞小器官の増殖・遺伝を統御する