京都産業大学(京産大)は8月27日、2010年11月4日に、NASAの「EPOXI彗星探査ミッション」において、探査機が「ハートレー第2彗星」に接近した際に、同大学の神山天文台(画像1)が地上支援として同彗星を観測し、その成果が米国天文学会惑星部門の査読付き論文雑誌「ICARUS」に掲載されたことを発表した。

論文のタイトルは「神山天文台におけるEPOXI探査機通過中の103P/Hartley2彗星・可視光低分散分光観測」で、成果は京都産業大学理学部・神山天文台の池田優二准教授らの研究グループによるものである。

画像1。神山天文台の光学赤外線望遠鏡の「荒木望遠鏡」

彗星は46億年前の太陽系誕生時に、惑星の元となる「微惑星」として誕生した。多くの微惑星が合体成長によって地球や木星などの惑星へと進化する一方、微惑星の残存物は太陽系外縁部(一般には海王星以遠の領域)に取り残された。これらの微惑星残存物の内、比較的最近になって太陽の近くまで達する軌道を持つようになったものが、現在、彗星として観測されるものだ(画像2)。

画像2。原始太陽系円盤の想像図。今から46億年前、誕生したばかりの原始の太陽のまわりで、微惑星と呼ばれるkmサイズの小天体が作られ、それらが合体衝突して惑星を形成した。その残存物が彗星核であると考えられている。(c)NASA

一般に「彗星核」と呼ばれる固体部分が微惑星残存物であり、固体を構成する氷が昇華したガスや塵が、淡い「コマ」や「尾」を形成する。そのため、こうしたガスの成分を分析することで、46億年前に太陽系が誕生した際の構成物質を、現在、詳細に分析することができるというわけだ。彗星が、太陽系誕生時の謎を解く「生きた化石」といわれる理由である。

またこうした彗星は、地球が誕生した直後にもたくさん地球に降り注いだと考えられており、地球の海の水を供給したのは彗星ではないかという説もあるのはご存じの人も多いはずだ。

彗星には水の氷以外にも複雑な有機分子が含まれており(生命の基本物質であるアミノ酸も見つかっている)、彗星が地球の海に生命の源となる物質を供給したのではないかともいわれている。

彗星にまつわる多くの謎を明らかにするため、米国や欧州が彗星を直接探査するための探査機を打ち上げてきた。しかし、近くに接近して詳しく調べることができる一方で、探査機には重量の問題などのため、あまり多くの機材を持って行けないという短所がある。

よって、探査ミッションの成功のためには、こうした探査機の短所/長所と相補的な、地上からの観測を実施する必要があるというわけだ。

EPOXIミッション(画像3)は、彗星探査機をハートレー第2彗星(画像4)の彗星核近くをスレスレで通過させ、その際に彗星核表面の詳しい観測を行うという探査ミッションであった。

画像3。NASA/EPOXIミッションのロゴマーク。もともとは彗星探査ミッション「DEEP IMPACT」を、さらにミッション期間を延長して、ハートレー第2彗星に向かうようにしたのが、EPOXIミッションだった。(c)NASA

画像4。中央の緑色がかった拡散状天体が、ハートレー第2彗星。軌道周期は約6年。2010年11月4日、EPOXI探査機が再接近して観測を行った。(c) NASA / Byron Bergert

そして探査機は2010年11月4日に彗星核への接近に成功。表面の詳しい画像と共に、表面からさまざまなガスや氷粒が放出されている様子を生々しく伝えてきた(画像5)。

過去に行われた数回の彗星探査では、比較的大きなサイズ(直径10km程度)の彗星核が探査されてきたが、今回、直径2kmとかなり小型の彗星核が探査された。こうした小型の彗星核が探査されるのは初めてのことだという。

小さな彗星核の割にかなりのガスを放出するメカニズムがこれまで不明だったが、今回の探査によって小さな氷粒が大量に放出され、そこからの2次的なガス放出が重要な役割を果たしていること、そしてそれらの氷粒放出には二酸化炭素のガス放出が重要な役割を果たしていることがわかった。

彗星核の大きさの割に多量のガスを放出するハートレー第2彗星は、「ハイパー・アクティブ彗星(hyper active comet)」とも呼ばれている。

画像5。探査機がとらえたハートレー第2彗星の核。図中右側から太陽光が当たっており、表面からガスや塵が噴出している様子がわかる。(c)NASA

神山天文台の河北台長をはじめとする研究チームは、NASA/EPOXI探査ミッションの主責任者であるアハーン博士との協力の下、EPOXIミッションの観測ターゲットであるハートレー第2彗星に探査機が接近する11月4日に合わせて、神山天文台の荒木望遠鏡と可視光低分散分光器(LOSA/F2)を用いた観測を実施し、同彗星のスペクトルを得ることに成功した。

解析の結果、同彗星のコマに含まれる、CN、C3、CH、C2、NH2、Oなどによる発光を検出(画像6)。これらの分子や原子は、彗星に含まれていた氷の成分が元となっており、ガス成分の比率から彗星を分類することが可能だ。

その成分比は、彗星が形成された領域(の環境)とも関連するといわれており、彗星核形成過程を探る手掛かりとなる。また同じ彗星といえども、時間的にガス放出の量や成分比が変化する場合があり、実際に探査機が詳しい観測を実施するタイミングで地上観測結果を得ることは、過去における同彗星のほかの観測や、ほかの彗星における観測結果との比較という観点で重要だ。

今回の観測の結果、ハートレー第2彗星は比較的一般的な彗星に分類されることがわかった。これはオールト雲からやってくる彗星に特徴的な成分比となっている。

画像6。ハートレー第2彗星の可視光スペクトル(ただし彗星塵による太陽反射光は除去済み)。横軸は波長(単位はオングストローム、1万オングストロームが1μmに相当)で、縦軸は光の強度。さまざまな分子による発光が見られる

一方、ハートレー第2彗星は、その軌道からカイパーベルトに起源を持つ彗星とされている。以前は、カイパーベルトとオールト雲は、もともと太陽から異なる距離の領域で形成されたものと考えられてきた。この食い違いは、彗星の軌道から起源を予測することの難しさを示すものだ。

研究グループでは、EPOXI探査機によって得られている二酸化炭素、一酸化炭素、水の比率から、本質的には太陽から比較的近い場所で形成された彗星核であったと考えている。

最近の微惑星進化モデルの「ニース・モデル」によれば、現在の木星から海王星が存在する付近に分布していた微惑星は、大惑星の重力の影響によって太陽からはるか彼方へとはじき飛ばされ、オールト雲やカイパーベルトといった彗星の巣を作ったという。この時、もともと同じ領域で作られた微惑星でも、一部はオールト雲へ、一部はカイパーベルトへと飛ばされたと考えることができるとした。

一方、河北台長が参加した別の観測では、近赤外線における高分散分光観測によって、この彗星がほかの彗星よりもホルムアルデヒドに欠乏の傾向が見られることも明らかになりつつある。また、河北台長を含む日本の赤外線衛星「あかり」の観測グループが得た過去の彗星の観測結果を踏まえると、太陽系形成初期に存在した原始太陽系円盤と呼ばれるガスと塵の円盤の中で、微惑星が複雑な力学的進化を経ていることがわかってきたという。

この成果も、近日中にアハーン博士を筆頭とし河北台長を含む研究者グループによって、米国天文学会の論文雑誌速報に掲載の予定となっている。このように、多くの観測結果を総合的に研究することで、彗星の素顔に迫ることができるというわけだ。

研究グループを統括する河北台長は、「今回の観測に用いたLOSA/F2分光器は、本学の学生たちが自ら手を動かして作った観測装置だ。それを活用してNASAの探査ミッションとのコラボレーションを実現し、科学的成果を上げることができた。このことは、本学神山天文台における人材育成、研究成果の発信という2つの面において、大きな一歩だ」とコメントしている。

今後、研究グループでは2014年にはヨーロッパ宇宙局が主導する新しい彗星探査ミッション「ROSETTA(ロセッタ)」にも協力する予定だ。研究グループでは、今後もこうした宇宙探査計画とのコラボレーションを推進したいと考えているとした。