東京大学、理化学研究所(理研)、科学技術振興機構(JST)の3者は、ナノスケールのスピン渦「スキルミオン」が電場で制御可能であることを発見し、超低消費電力な演算・磁気メモリ素子の実現に向けた新しい道筋を示したと発表した。

成果は、東大大学院工学系研究科物理工学専攻・量子相エレクトロニクス研究センターの関真一郎特任助教、同石渡晋太郎特任准教授、同十倉好紀教授(理化学研究所基幹研究所 グループディレクター、科学技術振興機構戦略的創造研究推進事業ERATOマルチフェロイックスプロジェクト研究総括兼任)、理研の于秀珍特別研究員らの研究グループによるもの。研究の詳細な内容は、4月13日発行号の米科学雑誌「Science」に掲載された。

現代の情報社会は、電子の流れを操るエレクトロニクス技術の発展によって支えられており、電子の新しい制御法を探すことは、電子機器の小型化・低消費電力化といった課題に対して根本的な解決策を与える可能性を秘めている。

電子には、「電荷」と「スピン」という2つの性質があり、従来の半導体エレクトロニクスは、このうちの「電荷」の自由度のみを利用していた。一方、もう1つの自由度である「スピン」を積極的に活用する電子技術は「スピントロニクス」と呼ばれ、革新的な特徴・機能を持つデバイスを実現するための切り札として高い期待が寄せられているのは、ご存じの人も多いはずだ。

電子のスピンは、物質の磁気的な振る舞いに深く関係しており、たとえばスピンがすべて同じ方向にそろっている場合には、よく知られた磁石としての性質が現れる。スピンは自転軸に沿って上向き・下向き2つの値を取ることができ、さらに自転軸自体もさまざまな方向を向くことができるため、しばしば近似的に矢印で表現されるのが特徴だ。

スピンがそろっている物質は磁性体なわけだが、一部の特殊な磁性体の中では、電子のスピンが自発的に「スキルミオン」と呼ばれる渦巻き状の構造を作ることが、最近になって明らかにされた。

スキルミオンとは、素粒子・宇宙分野の理論研究者Tony Skyrmeによって提案された粒子で、磁性体中では渦状のスピン構造として現れる。スキルミオン中のスピンは、並べ替えるとちょうど球を1周分覆うことができるという特徴があり、渦の中心のスピンは磁場に対して反平行、外縁部のスピンは磁場に対して平行な方向を向く。

スキルミオンの半径は数~数10nmと非常に小さく、安定な粒子としての性質を持つことから、次世代の演算・記憶素子における新たな情報担体(0と1の状態の運び手)として利用できる可能性が提案されている。

しかし、スキルミオンの実験的な観測は、これまでB20構造という特殊な結晶構造を持った合金(電流を流しやすい金属)でしか成功例がなく、現象の舞台となる新物質の開拓や、その制御手法の確立が大きな課題となっていたのだ。

今回の研究では、絶縁体「Cu2OSeO3」の単結晶を作製し、その磁気的・電気的性質を調べると共に、「ローレンツ電子顕微鏡」を用いたスピン構造の実空間観測が行われた。

なおローレンツ電子顕微鏡は、通常の顕微鏡が光を用いて対象を拡大観察するのに対し、電子顕微鏡では電子を用いた拡大観察が行われる。電子は、磁場中で運動すると「ローレンツ力」という力を受けて、その進行方向がねじ曲げられることが知られている。この性質を活用すると、電子顕微鏡を用いて、磁性体中の内部磁場(スピンの向きを反映)の分布を直接観察することが可能となるのだ。

Cu2OSeO3の結晶構造は、右手と左手のように、鏡写しにした像を互いに重ねることができない「キラリティ」と呼ばれる特徴を持っている。こうしたキラリティを持つ磁性体の中では、隣接するスピンの向きをねじ曲げる「Dzyaloshinskii-守谷相互作用」と呼ばれる力が働くため、渦状のスピン構造であるスキルミオンの発現に有利であることが期待される形だ。

この物質のスピン構造を調べた結果、期待通りらせん状のスピン構造が実現しており、さらに弱い磁場(~400ガウス)をかけることでスキルミオンが周期的に整列した構造が現れることが明らかになった(画像1)。絶縁体におけるスキルミオンの発見は、これが世界初となる。

画像1(左)は、スキルミオン(ナノスケールのスピン渦)の模式図。電子のスピン(画像中の矢印)が、同心円状に渦を巻いた構造を作っている。画像2の2点は、ローレンツ電子顕微鏡を用いて、今回絶縁体中で観測されたスキルミオンの画像。白い矢印がスピンの向きを表す。50nm程度の大きさのスキルミオン粒子が、蜂の巣状の格子を組んでいることがわかる

さらにこの物質の電気的性質を調べた結果、絶縁体中のスキルミオンは、正負の電荷の組が規則的に整列した「電気分極」状態を引き起こしていることが明らかになった(画像3)。電場勾配を与えることで、スキルミオンの位置を自在に制御できると考えられというわけだ。

このようなスピン構造と電荷分布の結合は非常に珍しい現象だが、スキルミオンの持つ低い対称性が電荷の空間的な偏りを促していると考えることで、よく説明できることがわかったのである。

画像3。今回発見された、電場で制御可能なスキルミオンの模式図

今回の研究における、絶縁体中の電気分極と結合したスキルミオンの発見は、このナノサイズのスピン渦の位置を電場によって自在に制御できることを意味するものだ。

絶縁体中の電場は、金属中の電流と異なり、ジュール熱(電流の2乗に比例した発熱)によるエネルギー損失が生じない。このため、スキルミオンを情報担体として電場で駆動する場合には、極めて僅かな電力しか消費しないという。

そして研究グループは、今回の発見は、エレクトロニクスの根幹である電子の制御手法に、よりエネルギー効率の高い新しい選択肢を加えるものであり、超低消費電力な次世代の演算素子・磁気メモリ素子の開発につながることが期待されるとしている。