東京大学大学院工学系研究科の竹内健 准教授、慶應義塾大学理工学部の黒田忠広 教授と石黒仁揮 准教授らの研究チームは2月20日、非接触型の固体記憶媒体ソリッド・ステート・ドライブ(SSD)メモリの研究開発において、3つの革新技術を開発したことを発表した。同研究成果の詳細は、2012年2月19日から23日(米国西部時間)に米国・サンフランシスコで開催されている「国際固体素子回路会議(ISSCC 2012)」で発表される予定。

今回発表された内容は、フラッシュメモリの寿命を最大10倍(実験値)に延ばす誤り訂正回路を有するメモリシステム、メモリモジュールを回路基板に載せるだけでプロセッサと双方向通信できる世界最高クラスの速度(1ピン当たり7Gbps)の非接触メモリシステム、最大0.52Wの電力を数μsの応答速度(従来比2桁高速化)で伝送できる非接触給電システムを開発したというもの。

今回の開発技術を統合することで、128Gビット以上の大容量ワイヤレスSSDメモリ製作が可能となるため、データセンターでは従来のHDDからSSDメモリへの置き換えにより処理の10倍高速化、消費電力の半減化が可能になる他、世界市場1兆円規模のメモリモジュールビジネスに大きな経済効果をもたらす可能性があるという。また、同技術は、将来、小型バッテリフリーの大容量メモリカードを実現する際にも鍵となる革新技術として期待されるともしている。

研究チームが開発した高信頼メモリシステムでは、フラッシュメモリを30nm以下に微細化することを目的としている。しかし微細化を行うと、隣接するメモリセルとの間で電気的な干渉が生じ、メモリセルのしきい値電圧が変動してエラーを起こす。このエラーは従来技術では解決できなかったため、メモリの大規模化は困難であった。

東京大学と慶應義塾大学の研究経緯と研究プログラムの概要

研究チームはこの課題を解決するために、干渉の補正によるエラーの低減と高速な読み出しを両立し、メモリの大規模化を実現するエラー予測LDPC(低密度パリティ検査符号)という新技術を開発。具体的には、あるメモリセルについて情報を読み出しする際に、周囲に隣接するメモリセルのデータパターン、書き換え回数、データ保持時間などの情報から予め作成する不良率のデータベースを参照して読み出しのエラー確率を算出し、エラーを訂正する。その結果、メモリの寿命を最大10倍(実験値)にまで延ばすことが実証され、この結果により、フラッシュメモリは20nm以下で微細化できるようになり、128Gビット以上の大容量化が実現可能となるという。

東京大学によるフラッシュメモリの長寿命化、高速化技術。左上がメモリセルの干渉のイメージ。右上が従来のLDPC。下が今回開発されたエラー予測LDPC

また、メモリモジュールは、複数のDRAMを装備・配線して接続端子を設けた基板で、電子機器の主要部品だが、このメモリモジュールのデータ転送速度が電子機器の性能を決めるため、その高速化が必要で、2015年頃には最大毎秒4.3Gbps(DDR4規格)が必要性能になると予測されている。しかし転送速度を毎秒5Gbps以上にすると、信号がバスで分岐し、ソケットを通過するたびに反射や歪みが生じるなど、信号の信頼性を損なう深刻な問題があった。そこで研究チームでは、入出力信号を区別して反射やひずみを抑制する方向性結合器を用いて信号を分岐する新技術を開発した。同技術では、結合器の結合度を調整することで、各メモリモジュールに伝送する信号エネルギーを等しくし、信号波形を整えている。その結果、ビット誤りの少ない高信頼のデータ転送を可能にし、かつ1ピン当たり7Gbpsの通信に成功した。

慶應義塾大学による非接触DRAMモジュールと7Gbpsの通信波形。左上が非接触モジュール。右上がエネルギー等配分メモリバス。下が7Gbpsの実測波形

現状のスマートフォンなどでは微少電力給電(数十mWレベル)に限られ、高速給電も不要だったが、将来の大容量メモリカードではWレベルの高効率、高速のワイヤレス給電技術が必要となる。しかし、電力輻射によるエネルギー損失があるため高効率給電は困難だった。そこで今回の研究では、電力輻射を抑制し、高効率を維持しながら、高速の消費電力変動に対応して高速に送信電力を制御するスイッチング変調技術が開発された。同技術では、受電側の電圧を一定に保つために、カードの動作状態(読み出し/書き込み)に応じて高速に大きく変動するカード側消費電力に追従して、送信電力側でスイッチング周波数を共振周波数およびその分数調波の間で変調するようにした結果、カード側の消費電力が数μs以内に1桁変動した場合においても、受電側の最大電圧降下は2%程度に抑えることができることが確認された。これは従来比2桁以上の高速化だという。

慶應義塾大学による分数調波切り替えにより高速負荷追従を実現した昇圧無線給電システム。左上が大容量メモリカード向け非接触給電システムの概要。右上が高速電力制御回路のブロック図。左下が分数調波スイッチングを用いた高速電力制御。右下が消費電力変動時におけるカード側の電圧変動

なお、研究チームでは、今回の研究で開発されたワイヤレスSSDにデータやOS・アプリケーションソフトウェアを搭載するほか、「エネルギー・ハーベスティング」による発電を用いることで、地産地消の地自律分散型の情報システムを構築することができるようになるため、データセンターやネットワークに過度な負荷を掛けることなく情報処理が可能になり、低電力志向の環境に優しいITシステムを構築することができるようになるとコメントしている。