NIMSなどの研究グループは、独立分散電源用酸化物型燃料電池(Solid Oxide Fuel Cell:SOFC)の長期安定性に影響を与えるクラスタ構造を、透過電子顕微鏡(TEM)観察とその結果にもとづく計算機シミュレーションにより明らかにしたことを発表した。同成果は、物質・材料研究機構(NIMS)ナノ材料科学環境拠点(GREEN)電池分野 へテロ界面設計グループの森利之GREENリーダー、Zhipeng Liポストドクター研究員、豪クイーンズランド大学電子顕微鏡センターのJohn Drennan教授、中国 大連工科大学、中国科学院大連化学物理研究所らの研究グループによるもので、米国物理学会誌「Physical Review B」の「Rapid communications(速報誌)」にオンライン計算された。

SOFCは、携帯機器や自動車への搭載が検討されている高分子形燃料電池の発電効率(35%程度)に比べて、高い発電効率(60%)を発揮することが可能なため、オフィスビルや地域社会の電力システムなどの独立分散電源用デバイスとして開発が進められているが、SOFCの固体電解質中にの結晶相は、高い導電率を示す結晶相(ホタル石結晶相)から低い導電率を持つ結晶相(C形希土類結晶相)へと相転移するために、長時間の運転時に性能が低下することが問題となっていたほか、大型システムの製造における製品の信頼性確保が難しいという問題があった。

図1 酸化物型燃料電池の結晶相

低伝導化合物であるY2O3(またはGd2O3)は、C型希土類構造からなるが、この結晶構造の特長は、Y2O3がYO1.5(=YO(2-0.5))とも書けることからも分かるように、高い性能を示すホタル石構造(CeO2)に比べて、酸素が25%欠損(0.5/2=0.25)し、規則正しく結晶の中に配置されていることにある。

燃料電池中をイオンが高速に通り抜けることで、製品性能は高くなるが、その際、酸素欠損が存在する場所をイオンは飛び移り移動していく。結晶の中に酸素欠損が特定の場所に固まって存在したり(酸素欠損クラスタ)、あるルートにのみ並んでいると、ちょうど大きな川を渡ろうとする際に、川の両岸を結ぶ橋の近辺では、交通渋滞が起こるように、イオンも結晶の中を通り抜けにくくなる。

いくら大量のイオンが通り抜けようとしても、流れる場所が偏らずまんべんなければ、イオンの交通渋滞は発生しないことから、C型希土類構造はイオンの通り道である酸素欠損が、一定の向きに並んでいるため、特性が低くなると考えられており、C型希土類結晶相へのホタル石結晶相からの相転移は、ある組成のところで、不連続に結晶相転移が起こると一般的に考えられていた。

図2 状態図例

しかし、TEMによる実際の観察では、導電率の低い試料内にはドーパントのGdがナノスケールで集まっている領域が現れ、導電率の低下に伴い、その領域が大きくなる傾向が認められたという。

図3 TEM-EELSを用いた元素マッピング

研究グループでは、これまでこうした現象の説明を目的に直鎖状酸素欠陥クラスタモデルを用いて、この領域が現れる理由の説明を行ってきたが、モデルをつなぎ合わせても結晶相転移現象の説明はできず、導電率の低下に伴い、直鎖状酸素欠陥クラスタが成長し、最終的にC型希土類結晶相が現れるという考えに無理が生じていた。これは、長時間、SOFCを運転している間に、性能の低下と低伝導結晶相の発生する理由を合理的に説明できるモデルがなく、性能劣化機構解明とその知見をもとにした性能改善への取り組みに対し、大きな障壁となっていた。

図4 直鎖状酸素欠陥クラスタモデル

今回の研究では、直鎖状酸素欠陥クラスタモデルではなく、新たに「3つの酸素欠陥でつくる小さな三角形が向き合った形の酸素欠陥クラスタ(ダンベル形)」が、製品の製造過程で形成されやすいというモデルを提案。

ダンベル形酸素欠陥クラスタモデル

このクラスタ構造の結合エネルギーを、直鎖状酸素欠陥クラスタとシミュレーション比較した結果、ダンベル形クラスタが3次元結晶構造の中で、ブロックを積み上げるように連なり成長していくと、その姿は低伝導結晶相に見られる結晶構造の特長に合致することが明らかとなった。

図6 クラスタ構造の結合エネルギーの比較

このモデルは、従来から考えられた「不連続」な相転移ではなく、「連続的」なクラスタ構造の成長が、結晶相転移を引き起こし、燃料電池性能の長期安定性低下につながることを示したものとなる。また、ダンベル形酸素欠陥クラスタ構造は、酸素欠陥を結晶の中に導入するために用いるドーパントが、原子スケールでわずかに不均一に分布することで形成されるが、通常の燃料電池材料の合成手法では、緻密な製品をつくるための微細粉末が作製されるが、その組成は原子スケールでは必ずしも均一ではなく、その不均一さが製品製造時のダンベル形酸素欠陥クラスタ構造の形成となり、製品性能のバラつきを生み出していた原因と考察されると研究グループでは結論付けている。

図7 C型希土類結晶構造に見られるダンベル形酸素欠陥クラスタ

なお研究グループでは、今後、こうした新規なクラスタモデルを用いて、解析・評価を進めていくことで、今後の燃料電池デバイスおよびシステム設計開発が進むものとの期待を示している。