京都大学の沖田圭介iPS細胞研究所講師と山中伸弥物質-細胞統合システム拠点教授/iPS細胞研究所長らの研究グループは、岐阜大学、理化学研究所、HLA研究所などとの共同研究により、6つの因子をエピソーマル・プラスミドを遺伝子導入ベクターとして用い、細胞のゲノムに外来遺伝子挿入のないヒトiPS細胞(人工多能性幹細胞)を効率よく樹立できることを示した。また同時に、同樹立方法で、日本人の約20%への移植適合性を示すHLA3座ホモの歯髄細胞2株から、外来遺伝子の挿入のないiPS細胞の樹立にも成功したほか、ドーパミン神経細胞や網膜色素上皮細胞に分化できることも確認した。同成果は、米科学誌「Nature Method」(オンライン版)に掲載された。

iPS細胞が樹立できることを初めて示した方法では、レトロウイルスを遺伝子導入ベクターとしてOct3/4、Sox2、Klf4、c-Mycといった4つの転写因子を線維芽細胞に導入して作製した。しかしその後、レトロウイルスを用いた遺伝子導入法は細胞のゲノムにランダムな遺伝子挿入が起こることから、遺伝子変異を起こし腫瘍形成などの原因になることが示されていたことから、これまでにアデノウイルスやセンダイウイルス、タンパク質や合成RNAなどを用いた外来遺伝子の挿入が起こらない因子導入法が開発されてきた。しかし、これらは誘導効率が低いことや技術的に扱いにくいといった改善点も指摘されていた。

今回の研究では、OCT3/4、SOX2、KLF4などに加え、これまでの研究で樹立効率を上げる効果のあったL-MYCやp53 shRNAを用い、新たにベクターを作製して複数の組み合わせについて樹立効率を検討した。

図1 今回の研究で検討した多能性誘導因子とベクターの組み合わせ

その結果、OCT3/4、SOX2、KLF4、LIN28、L-MYC、p53 shRNAを組み合わせて用いた場合にiPS細胞のコロニーが最も多く得られたほか、従来報告されていたOCT3/4、SOX2、KLF4、c-MYC、NANOG、LIN28、SV40LTの7つの遺伝子の組み合わせを用いたベクターと比較しても、効率が格段に上昇したという。

図2 組み合わせの違いによるiPS細胞コロニー数

さらに、これらの組み合わせで得られたiPS細胞について分析したところ、ヒトES細胞と似た形態を示し、細胞は大きな核と少量の細胞質で構成されていることが観察できた。

図3 プラスミドを用いて樹立したiPS細胞

遺伝子発現についてもヒトES細胞やレトロウイルスを用いて樹立したiPS細胞とほぼ同じ遺伝子発現の結果が得られた。

図4 RT-PCRによる多能性細胞のマーカー遺伝子の発現解析の結果

また、iPS細胞から免疫不全マウスを用いて奇形腫を作製したところ、奇形腫の中に三胚葉系の組織が確認できた。その一方で、試験管内にてドーパミン神経細胞や網膜色素上皮細胞に分化することも確認したという。このことは、今回の樹立方法で作製されたヒトiPS細胞は、ES細胞と同等の分化多能性があることを示しているという。

図5 f-h:誘導したドーパミン神経細胞、i-j:網膜色素上皮細胞

これらの結果を得た後、研究グループでは、遺伝子導入の際にベクターとして用いたエピソーマル・プラスミドの残存について検討を行った。プラスミドを導入して6日後の検査では、1つの細胞あたり平均約200個のプラスミドが導入されていたが、11~20回継代した約80~120日後には、大半の細胞でプラスミドが検出限界以下になっていた。その一方、ごく一部の細胞では、導入遺伝子が染色体に導入されていることも明らかになった。これらの成果から実験で用いられたエピソーマル・プラスミドは、ほとんどの細胞では自発的に消去されていることが分かり、これらの結果から、OCT3/4、SOX2、KLF4、LIN28、L-MYC、p53 shRNAの因子をエピソーマル・プラスミドを用いて導入する方法は、導入遺伝子の残存のないヒトiPS細胞の樹立方法として有効な手法であると考えられると研究グループでは説明している。

加えて、研究グループではヒトの歯髄の細胞からiPS細胞の樹立についても検討してきた。採取した107人の歯髄細胞から、LA-A、BおよびDRの3座がホモと考えられる細胞を2株得ることができており、これらの細胞から、今回開発した手法を用いてiPS細胞を樹立した。

HLA3座ホモのiPS細胞は、歯髄細胞を提供した107人のHLA型と照合した結果、32人の方への移植適応性があると考えられるという。また、HLA研究所が所有しているHLA型のデータベースを元に検討したところ、このヒトiPS細胞2株で日本人の約20%への移植適合性があると考えられる結果となったという。

これまでの研究では、異なる型を持ったHLA3座ホモのヒトiPS細胞が50株あれば、日本人の約90%への移植適合性があることが試算されていた。今回用いたHLA型のデータベースで日本人への移植適合性について、より厳しい条件で試算したところHLA3座ホモの細胞50株で約73%、75株で80%、140株で90%への適合性が示された。その一方で、HLA3座ホモの細胞50株を揃えるためには約3万7,000人、75株では約6万4,000人、140株では約16万人のHLA型を調べる必要があるという試算結果が示された。ただし、今回調べたHLA3座が適合すれば移植時の免疫拒絶反応は弱くなることが期待されるものの、完全になくなるわけではないという。

図6 a:日本人に対するHLA3座ホモ細胞の移植適合性の割合、b: HLA3座ホモ細胞を探索する際に必要な検査人数

今回の研究では、遺伝子導入の無いヒトiPS細胞を簡便に樹立する方法として、OCT3/4、SOX2、KLF4、LIN28、L-MYC、p53 shRNAの因子を組み合わせて用い、エピソーマル・プラスミドを遺伝子導入ベクターとして用いることが有効であることが示された。この方法は、自家および、他家移植に用いるiPS細胞の樹立方法として利用できると考えられると研究グループでは説明している。

これらの結果は、将来、細胞移植治療に有効なiPS細胞樹立方法の確立に向けて有意義な知見と考えられ、治療用iPS細胞バンクの構築に向けた基盤技術になると考えられるという。