米国に本社を構えるオートデスクは、建築やデザイン、エンタテイメントなど、さまざまなプロ用ソフトウェアを開発している企業。同社のプロダクトでは特に、建築用CADの「Auto CAD」や、3DCGツール「Maya」、「3ds Max」などが有名だ。同社のMac OS X用ビデオ編集システム「Smoke」は、これらの3DCGツールとは異なり、映像を編集するためのツール。映画やテレビ番組、CMなどの制作に使われるプロ用のソフトウェアだ。そのMac版の開発者である、オートデスク システム部門 テクニカルプロダクトマネージャのマーカス・ショーラー氏に話を訊いた。

オートデスク メディア&エンターテインメント部門 テクニカル プロダクト マネージャー、マーカス・ショーラー氏

"映像編集"とひとことで表しても、プロの編集作業は様々な行程を踏まえて行なわれるもの。まず最初に「プリプロダクション」と呼ばれる素材の撮影があり、続いて素材の映像を切ったり繋いだりしながら、ストーリーを組み立てていく「ポストプロダクション」の作業。これらの作業は、「オフライン編集」と呼ばれるものだ。その後、おおまかな映像が完成したら、いよいよ「フィニッシング」の行程に移る。これはとても労力が必要な行程で、例えば番組やメーカーのロゴを入れる、空の色を変える、複雑なビジュアルエフェクトを加える、不必要な物体をバックグラウンドから消すといった、様々な作業を行う。これらは「オンライン編集」と呼ばれる。


ここまでの説明で、映像編集においてフィニッシングがどれほど重要な行程であるかがお分かりいただけたのではないだろうか。"エフェクトを多用した派手なシーンや、現実ではありえない合成映像で視聴者にインパクトを与える"。それだけに制作サイドの負担も大きくなる。そこで、少しでもクリエイターが映像制作を行いやすい環境を整えるために開発されたシステムが、同社の映像編集システム「Inferno」や「Flame」、「Flint」、「Lustre」、「Smoke」。これらの製品の違いは、主に収録されている機能。最高峰のInfernoは、パーティクルを使った演出や3DCGと実写映像の合成などもできる、とても強力なビジュアルエフェクトツールとなっている。また、これらの製品群は、従来ソフトウェアとハードウェアのセットで販売する「ターンキー」と呼ばれる構成で提供され続けてきた。OSは、オートデスクが独自にチューニングを施したLinuxが用いられている。マーカス氏は、「ターンキーで提供することにより、ユーザーには常に高いパフォーマンスを保証できるのです」と語った。同社の映像制作ツールは、映像にエフェクトをかけた結果をリアルタイムで表示できる。一般的な家庭用ビデオ編集ソフトの場合、トランジションやエフェクトをかけるとすぐに再生できない場合が多く、近年PCの処理速度が高速になったとはいえ、最低でも数秒~数分のレンダリング時間が必要となる。プロ用製品とコンシューマー製品を比較するのはフェアとはいえないが、結果をリアルタイムで再生してくれる優位性は、映像編集経験者ならば誰でも理解できるはずだ。

このように、同社の映像制作ツールはとても優れているのだが、当然のごとくツールの価格はとても高い。専用設計されたPCとLinux OS、映像編集ツールがすべて含まれているため、「Smoke Advanced」の価格は約1,300万円~。さらに最高峰の製品「Inferno」に至っては、約2,100万円~と、かなり高額な金額設定になっている。

1,000万円もする映像制作システムが約250万円で手に入る!?

そんな超高級な映像編集ソフトを開発している同社が開発した、Mac OS X用の『Autodesk Smoke For Mac OS X』。当然、Macは市販のPCなのでターンキー販売ではなく、ソフトウェアのみの提供となる。そのため価格はなんと261万9,750円(Smoke 2011 MAC OS X)。いままでの金額と比べたら桁違いに安い。マーカス氏はMac OS X版を開発した経緯について「ここ5年くらいで、ポストプロダクションのなかでよくMacを見かけるようになってきました。Macは価格のわりにパフォーマンスが良く、プロのクリエイターのユーザーも多い。しかし、Macの映像制作環境に目を向けると、『Final Cut Pro』や『Photoshop』、『After Effects』など、複数のツールを使い分けて作業していたんです。これでは作業効率が悪いと考えました」と語った。

オートデスクのSmokeは、ひとつのソフトウェアでさまざまなツールが収録されている映像制作ツールのオールインワンボックス。タイムラインを使ったビデオ編集はもちろん、エフェクトをかけるコンポジティング、ペイント、トラッキング、スタビライゼーション、テキストツールまで内包している。映像制作においてSmokeさえあれば、他になにもいらないそうだ。

マーカス氏は、「多くの人に『Smoke』を利用してほしいのでMac版を開発しました。このツールを利用することにより、いま映画やテレビ、CMの現場で使われている最先端のツールを、とても低価格で誰もが利用することが可能になります。また、PCはMacを用いているため、Linuxのエンジニアを新たに雇う必要もありません。その点からも導入に際しての敷居はかなり低くなるでしょう。今、『Final Cut Pro』を使っているPCに、『Smoke』のアプリケーションを導入すればいいだけなんです」と、利便性をアピールした。


しかし従来1,300万円以上するターンキーのSmokeと、約250万円のMac版のSmokeが同等な性能だとは考えにくい。その点について、マーカス氏は「確かに性能はまったく同等ではありません。Mac版はターンキーに比べ、編集時のレスポンスが劣っています。すべての編集結果をリアルタイムで観られるのは、ターンキーの『Smoke』だけです。その代わり、Mac版は多くのユーザーが使っている動画フォーマットの『QuickTime』や『ProRess』に対応しています」

Mac OS X用のビデオ編集システム「Autodesk Smoke For Mac OS X」は、従来のターンキーSmokeのレスポンスは味わえないが、そこまでハイスペックな編集システムは必要ないという人に向けた製品といえるだろう。

インタビュー撮影:石井健