本稿では、『日本「半導体」敗戦』という、ショッキングな書名の本を紹介したい。著者の湯之上隆氏は元日立製作所の半導体技術者で、現在は社会科学的に半導体業界を研究している方である。

「日本は技術では負けていない」と思いこんでいる人には、少なからず衝撃を与えるタイトル。だがその内容はさらに手厳しい

日本の半導体産業は1980年代には自動車産業と並ぶ日本の基幹産業であったにもかかわらず、現在では韓国、台湾メーカーに押されて苦しい状況にある。日本の自動車産業がグローバルに戦える産業であり続けているのとは対象的だ。

日本の半導体産業はなぜ現在のような状況になってしまったのか - このことについて社会科学的に分析したケーススタディが本書である。ケーススタディなので、これが正解かどうかはわからない。しかし半導体業界に身を置く人ならば必読であろうし、他の製造業にあっても一読に値する内容である。

湯之上氏によると日本の半導体産業は「過剰技術・過剰品質という病気」を持っているという。つまり、自社製品の競争力がなくなった理由を「技術では負けていない。経営、戦略、コスト競争力で負けているだけだ」としているというのだ。技術で勝っていても、収益で負けては意味がないと思うが、彼らにとって技術が最後の砦、あるいは聖域なのだろうか。

湯之上氏によると、以下がざっくりとした歴史である -- 1980年代に大型コンピュータメーカーから25年保証の高品質のDRAMを要求され、日本の半導体メーカーは本当にそれを作ってしまった。高品質な製品を作る優れた技術が日本にはあったのは確かだ。しかし、時代は移り、パソコンがDRAMの主要な提供先となってからも、日本の半導体メーカーは高品質なDRAMを作り続けた。パソコンには25年保証のような高品質DRAMは必要ないのに、である。一方、韓国や台湾のメーカーは低品質・低コストDRAMを作ることでシェアを伸ばした。

なぜ、このようなことが起きてしまったのだろうか。高品質/高機能な製品は半導体に限らず日本の工業製品のお家芸である。高品質の呪縛にとらわれすぎて、低品質な製品(=低コスト)を作ろうという意識が少なかったのだろうか。実は低コストな半導体を作る技術というのは、それはそれで難しいものであるのだが。

湯之上氏の分析では、日本の半導体メーカーがコストを下げられなかった原因は3つあるとしている。

1つめはマーケティングの不在だ。どのような製品をいつ、どれだけ作ればいいかを決めるのがマーケーティングであるが、日本の半導体メーカーはマーケティング部隊が貧弱であるという。実際、日本の製造業では開発製造部門が次に何の製品を作るかを決めている例が多いのではないだろうか。

対照的なのが韓国サムスン電子のマーケティング部隊である。なんと230人の専任のマーケッターがいるという。湯之上氏はサムスンのこのマーケティング力が時代の流れを的確に察知し、低コストのDRAM開発へ転換できたとしている。

2つめの理由は利益主義の欠落である。本書ではIntelを反例に挙げている。Intelでは半導体が提供されるパソコンの価格から、半導体デバイスの価格と原価を設定し、その原価に収まるような量産工程を作り出すことに邁進するという。この方式は自動車メーカーでも取り入れられているそうだ。一方、日本の半導体メーカーはコストよりも品質重視であるので、コスト低減が思うようにできない。

最後の理由は組織体制の違いである。これもサムスン電子の例であるが、開発部隊と量産部隊が分かれておらず、あるデバイスの開発に成功した開発グループはそのまま量産部隊に移動となり、歩留まりの向上に取り組むという。つまり、開発しっぱなしではなく、最後まで自分で責任を持たなければならないため、開発部隊にもコスト意識が働くという。

これに対して、多くの日本の半導体メーカーでは開発部門と量産部門が分離/固定されているために、開発部門にコスト意識が働きにくいという。これは半導体に限らない話である。組織の各部門が蛸壺化し、局所最適化を図ろうとするのに似ているではないか。

市場のニーズを的確に捉え、顧客の満足する製品を提供すれば、モノは売れるはずだ。半導体ではそれができなかったということなのだが、半導体に限らず日本の家電製品も海外では売れていないという話も興味深い。

BRICsという経済成長の著しい国の話であるが、湯之上氏が世界一周の旅で見たブラジル、インド、中国の家電ストアでは日本の製品はさっぱり売れていなかったらしい。その理由はやはり「高品質だが値段が高すぎる」からだ。

たしかにBRICsにも富裕層はいるだろう。そして、日本企業はその富裕層向けに日本製の高機能/高品質の家電製品を売ろうとしているのであろう。しかし、BRICsの経済成長の実態は貧しいがボリュームの大きい層が、少しだけお金を持つようになってきたというのが湯之上氏の実感であり、実際、外国の家電メーカーはその層に向けた製品を投入しているのである。ここにもマーケティングの不在、高品質の呪縛が見え隠れする。

このように本書は半導体業界に限らず、多くの製造業の人に思い当たるふしがあるはずである。一読をお勧めしたい。

日本「半導体」敗戦

湯野上隆 著
光文社 発行
2009年8月19日 発売
249ページ / 四六判(光文社ペーパーバックス)
定価: 1,000円(税込)
ISBN 978-4-334-93469-9
出版社から: 日本半導体産業には、過剰技術・過剰品質の病気がある。エルピーダメモリ1社を残してDRAMから撤退した日本半導体産業。1980年代半ばに世界を制した技術と品質は、いまや不況のたびに膨大な赤字を生み出す元凶と化した。一体、なぜ、こんなことになってしまったのか?半導体産業の技術者として出発した社会科学者が、今、そのすべてを解明する。