7月半ばとなり、いよいよ学校の夏休みに入る。「青春18きっぷ」を片手に旅に出かける人も多いだろう。「青春18きっぷ」といえば、駅に掲示される宣伝ポスターもすばらしい。駅をおもなテーマとした美しい風景に、心にささるキャッチコピーが添えられる。このポスターのファンも多く、同じ写真を使ったチラシを集めるファンもいるそうだ。

その写真を見て、「あの場所に行ってみたい」と旅立つ人も少なくないはず。ところが、歴代のポスターの中には、実際に撮影できない風景写真もあったという。きっと覚えている人も多いあのポスターが、じつは合成写真だった。一体いつの、どの駅が登場するポスターだろうか?

『青春18きっぷ ポスター紀行』の表紙、この写真も実際にはなかった景色だという。詳しくは本書参照

「青春18きっぷ」の写真に合成写真があった。その衝撃の事実を明かした本がある。2015年5月に講談社から刊行された『青春18きっぷ ポスター紀行』(1,800円)だ。著者の込山富秀氏はアートディレクターで、「青春18きっぷ」のポスターは1990年夏版から担当している。本書には同年から2015年春版までのポスターを収録し、それぞれに制作スタッフやロケ地に関するエピソードが添えられている。

合成写真は本書の68~69ページ、2000年冬版のポスターだ。ロケ地は予讃線下灘駅。海に近く、景色の良い駅として人気があり、現在は観光列車「伊予灘ものがたり」も停車する。「青春18きっぷ」のポスターには3回も登場している。

2000年冬版のポスターは縦型で、ほぼ全面に早朝の空が広がり、下のほうに水平線と駅のホームが見える。キャッチコピーは「前略、僕は日本のどこかにいます。」だ。

駅の写真だけど、これだけ広く空を映すためには、かなり駅から離れなくてはいけない。しかし、込山氏のエピソードによると、実際にはミカン山が迫るため、カメラを駅から遠くに置けない。そこで、「空」と「海とホーム」を特殊なパノラマカメラで撮り、つないで1枚にしたという。込山氏はエピソードの末尾で、「現地で同じ写真を試みた方、ごめんなさい」と締めくくっている。

広告ポスターは報道写真ではなくアート作品だ。だから合成したところで、なにも問題はない。それに現地へ行けば、同じ写真は無理だと誰でもわかる。いや、同じ写真は撮れないとしても、自分の目で見たら同じ風景に出会えるかもしれない。そう思わせるところが「作品力」といえる。

『青春18きっぷ ポスター紀行』のページを開くと、あるときは懐かしく、あるときは新たな旅への衝動がわき上がり、胸が締め付けられるような思いがこみ上げる。それぞれのポスターにまつわるエピソードもおもしろい。1枚のポスターへの制作者の思いや工夫、苦労が伝わってくる。この夏、おすすめの1冊だ。読書感想文の題材としてもいいかもしれない。