車内放送がネットで話題(?)の京急電鉄

お笑いトリオ「ななめ45°」の岡安章介(あきよし)さん、お笑いコンビ「中川家」の礼二さんといえば、「車掌さんのものまね」が得意な芸人。その他にも、音楽ユニット「SUPER BELL"Z」は車内放送風の楽曲で人気を集めているし、ピン芸人の立川真司さんはものまねが縁となり、ゲームソフト『電車でGO!』の車掌役に抜てきされた。

彼らのものまねの共通点は、声のトーンをちょっと上げ、ややダミ声気味の鼻声にするところにある。たしかに本職の車掌さんも、そんな風にしゃべっている気がする。なぜあんな声で話すのだろう? 筆者は車掌の経験がないからわからない。そこで車掌さんに質問してみた。お仕事の邪魔にならないよう、交代後や休憩中を狙って……。

「ああいう風にしゃべるものだと思っていた」説

現役の車掌さんも、我々と同じように「車掌はああいう風にしゃべるもの」と思っていて、車掌になりたての実習中からこの話し方。それで注意や指導を受けたことはなく、現在に至るという。また、「先輩車掌を真似したらこうなった」という例も。つまり、とくに理由はない。車掌のアナウンスはもはや文化や伝統の域に達している!?

「昔は放送機器の品質が悪かった」説

車掌さんが「先輩から聞いた話」として明かしたところによると、昔の電車の放送機器は雑音が入りやすく、低音が通りにくかったそうだ。高音や「サシスセソ」はとくに耳障りになりやすかった。そこで声のトーンを上げ、舌と歯が接触しないように話した結果、ああいう声になったのだという。どこの放送機器も品質は似たようなもので、昔はすべての車掌さんがあんな声になっていたとのことだ。

「電話だって、昔の黒電話の頃はちょっと気取った声を出していましたよね。あれと同じだと思いますよ」と車掌さんは言う。たしかにその通りかも。

「お客さんに聞き取りやすくするため」説

「いまのマイクは性能がいいから、昔と違って吐息や吸気まで拾ってしまう。だからマイクをちょっと離して、息がかからない向きにして使っている」と話す車掌さんもいた。離したマイクに声を届けようとすると、やっぱりあの声のほうが具合がいいという。「普通の話し声だと、お客さん同士の会話と区別がつかないかと思って」という話も。

マイクの指向性が強くて、鼻から抜ける声を拾いにくいという指摘もある。だから鼻が詰まったときのように、すべての声を口から出すとああなるという。「お客さんに認知してもらうため」という意識があって、その緊張感が声に現れるのだ。仕事だからちょっと気を張った声になっているけれど、その一方で普通の声で話す車掌さんも多いそうだ。考えてみれば、鉄道会社でなくても、オフィスで電話に出ると声のトーンが上がる人がいる。それと同じかもしれない。

「ダァ シエリイェス!!」は都市伝説

駅の放送のネタ話といえば、「ダァ シエリイェス!!」が知られている。これは「ドア閉まります」を崩したといわれており、とくに京急電鉄の車掌が使うとされている。ネット上で鉄道ファンのネタとしても使われており、「ダァ シエリイェス」の文字を使った「プログラミング言語 KQ」なるものまで登場した。

しかし、京急線沿線住民のひとりとして、京急電鉄に代わって弁護すると、実際には「ダァシエリエス」というアナウンスは聞いたことがない。

そもそも京急電鉄の車掌さんは、「ドアが閉まります」ではなく、「ドアを閉めます」と言う人が多い。これは鉄道好きのタモリさんもネタにするくらいで、「閉まります」ではなく「閉めます」が京急電鉄の車掌さんの特徴だ。

通常、駅の放送では「ドアが閉まります」と言う。これは駅員のセリフだから。駅員の側からすれば、本人がドアを閉めるわけではないので客観的な言い方になるのだろう。しかし京急電鉄の場合、駅の放送も車掌さんがワイヤレスマイクで実施している場合がある。車掌が自分でドアを閉める操作をするから、アナウンスも「ドアを閉めます」になる。

車掌さんのアナウンスには、伝統や文化、機器の技術などさまざまな要素があり、意外と奥が深い。ちょっと前までは、「みなさまの憧れの街、新宿です」「今日もお仕事がんばって」など、気づかいのある放送がときどき話題になった。最近は自動放送が中心になっていて、車掌さんの肉声があまり聞けなくなって寂しい。ただし、台風や大雨でダイヤが乱れたときはチャンスかも。ユニークな車内放送がツイッターなどで話題になるからだ。