2010年5月27日8時30分頃、大阪府枚方市を走行中のJR西日本片町線で、複数の電車が一斉に停車した。この現象で電車は最長20分間停車した。片町線はダイヤが乱れ、5本が運休する事態となったという。1本の列車が障害物を察知して急ブレーキをかけるならともかく、複数の電車が一斉に停まった。ところが、このとき片町線ではトラブルはなかった。しかも、これは事故ではなく、安全装置が正確に働いたために起きたという。一体何が起きたのだろうか。

複数の列車を同時に停めるスーパー権限を持つシステムがある。その名は「列車防護無線装置」。発報装置は列車の運転台にある。運転士が列車の運転中に異常事態を察知した場合、この装置のボタンを押す。すると特殊な信号が無線電波によって送信される。この電波を他の列車が受信すると、その運転席で「ピピピピッ……」という警報音が響き渡る。この音が発せられたとき、運転士は速やかに列車を停止するという規則になっている。

E233系電車の運転室にある列車防護無線発報装置

列車転覆の2次災害を防ぐ"防護無線"の凄まじい威力

鉄道には様々な信号装置がある。最近では運転席に走行速度を指示するシステムもあり、速度0で停止を指令できる。また、赤信号を無視した場合に列車を停めるATS(Automatic Train Stop)もある。列車無線で運行管理部門といつでも通話でき、これらは列車に直接停車を指示できる。

これに対して列車防護無線は特定の距離で電波を飛ばし、受信した列車に停止を命じる。例えば、路線Aで人身事故があった場合に防護無線を発報すると、その路線とは少し離れた場所を走る路線Bの列車も停まってしまう。なんとなく「いい加減な」システムで、無関係な路線にとっては迷惑のような気もする。

防護無線は無関係の路線の電車も停める

防護無線のおかげで2次災害を防げる

しかし、それでいいのだ。なぜなら、列車事故の中には他の路線にも影響を及ぼすような重大事故も含まれるからである。例えば列車が脱線転覆し、複数の線路を跨いで横たわってしまった場合である。特定の路線の列車だけを停めたとしても、塞がれた他の路線の列車は危険を察知できないので2次災害へとつながる恐れがある。。

実は、防護無線を開発するきっかけとなった事故があった。1962年5月3日の夜に国鉄常磐線三河島駅構内で起きた列車脱線事故である。この事故はまず、貨物線を走行中の貨物列車が脱線し、機関車と貨車が隣の旅客線を塞ぐように横転した。そこに下り電車が衝突し脱線、今度は上り旅客線を塞いでしまう。さらにその上り線の電車が突っ込んだ。このとき、脱線した下り電車から避難して歩いていた乗客を巻き込んだ。双方の電車の先頭車は原形が無くなるほど破壊され、上り線の電車の一部は築堤から落下したという。報道記録によれば死者約160人、重軽傷者約300人の大惨事だった。

この事故の教訓で、「異常事態になったら付近の列車の停止を優先する」というシステムが開発された。これが列車無線防護装置である。2005年の福知山線脱線事故では、事故直後に現場に接近した特急電車の運転士が防護無線を発報して2次災害を防いでいる。

ところで、冒頭で紹介した片町線の場合、片町線では異常事態がなかった。防護無線を発報した運転士は、約10kmも離れた場所にいた。大阪府高槻市を走行中の東海道線の運転士だ。理由は線路内に人が立ち入っていたところを発見したからとのことである。防護発報は通常、半径1km程度しか届かない。しかし、少ない確率で、電離層や低空飛行の航空機に電波が反射し、遠い場所まで届いてしまう場合があるという。

片町線は何事もなかったので「いい迷惑」となってしまった。しかし、これはシステムがきちんと作動したから起きた珍事。いざというときに作動しないよりはずっといい。