数々の華々しい成功に彩られている宇宙開発だが、その栄光の影には、失敗の歴史が連なっている。多くの人から望まれるもさまざまな事情により実現しなかったもの。あるいはごく少数からしか望まれず、消えるべくして消えたもの……。この連載では、そんな宇宙開発の"影"の歴史を振り返っていく。


前回紹介したように、米国は1990年代前半、人工衛星を宇宙へより安価に、手軽に打ち上げるため、「デルタ・クリッパー」と名付けられた再使用ロケットの開発に着手した。そして1993年にその小型実験機「DC-X」が完成し、いよいよ飛行試験が始まることになった。

DC-X (C) NASA

DC-XA (C) NASA

未知への飛行

1993年4月に完成したDC-Xは、その約4カ月後には早くも最初の飛行実験を迎えた。1993年8月18日16時43分(山岳部夏時間)、米国のニューメキシコ州にあるホワイト・サンズ・ミサイル実験場において、DC-Xはゆっくりと離昇し高度約50mまで上昇、そして横方向へ約100m移動し、その後降下を開始。4本の着陸脚を繰り出し、離昇から59秒後に着陸した。飛行は万時順調に進み、大成功であった。

DC-Xの最初の打ち上げ (C) NASA

DC-Xの飛行の連続写真。垂直に上昇した後、水平方向に移動し、垂直に着陸する様子がわかる (C) NASA

続く2回目の飛行実験は同年9月11日に行われ、高度100mまで上昇。そして同30日に行われた3回目の飛行ではロール角方向に180度の回転を行いつつ、高度370mまで到達した。

だが、ここで計画資金がなくなり、一度試験飛行は止まってしまう。1994年4月になり、米国航空宇宙局(NASA)が資金提供することが決まり、同年6月20日に飛行が再開された。この4回目の飛行では高度870mまで到達するも、その1週間後の27日に行われた5回目の飛行試験において、エンジンに点火した瞬間に突如爆発が発生し、機体の一部が損傷する問題が発生した。

だが、この瞬間には地上のスタッフは異常に気付かず、またロケット自体も、まるで何事もないかのように上昇を始めた。離昇から17秒後に地上スタッフが異常に気付き、緊急自動着陸モードに入り、離昇から78秒後に着陸した。

地上スタッフが離昇後しばらく異常に気が付けなかったのは、機体の状態を直接、あるいは送られているデータを通じて確認する目が不足していたためだと考えられている。低コスト化のため、運用に関わる人員を削減したことが、かえって裏目に出てしまったのである。

ただ、このときマクドネル・ダグラスのDC-Xの計画責任者は「ほぼ完全な状態で着陸させることができ、喜ばしい限りだ。これなら再び修理して飛ばすことができるだろう」と延べ、またBMDOの単段式ロケット技術計画の責任者も「今回のトラブルは、DC-Xに飛行機のように緊急時でも着陸できる能力が備わっていること、また事実上、どんな場所にでも着陸する能力があること、そして機体が損傷したにもかかわらず飛び続けられたことで、システムとしての堅牢さが備わっていることを証明した」と延べ、失敗に対して実に前向きな評価をしている。

後の調査で、爆発の原因は、地上設備から放出された水素ガスがロケットの周囲に漂い、エンジンの点火と共にその水素ガスに引火したためであることがわかっている。

その後機体は修理され、1995年5月16日、DC-Xは大空へ舞い戻った。この6回目の飛行では高度1,330mまで到達、飛行時間は124秒を記録した。

6月12日に行われた7回目の飛行では初めて、機体に装備した小型スラスターによる姿勢制御が実施され、DC-Xは空中で垂直の状態から、約70度まで姿勢を傾けることに成功した。高度は1740mまで到達した。

そして7月7日、8回目の飛行を迎えた。この飛行は壮観なものであったと記録されている。というのも、DC-Xは離昇後、斜めに飛んだ後、機首を地面に対して10度、つまりほぼ横倒しの滑空飛行の姿勢を取りつつ飛行。そして180度反転させ、かつブレーキを掛けるように噴射して水平方向への速度を落とし、さらにその後機体を垂直に立て直し、着陸した。

この8回目の飛行ではさらに、同日中の再打ち上げも計画されていたようだが、レーダー高度計の問題により、着陸時の速度が計画よりも速く、機体を損傷してしまったために打ち切りとなった。

これを最後にDC-X計画は完了とされ、その後はNASAに引き継がれ、「DC-XA」として試験が続けられることになる。

DC-X (C) NASA

DC-XA

DC-XAとはDelta Clipper Experimental Advanced、つまりDC-Xの進化型という意味である。DC-XからDC-XAに生まれ変わるにあたり、NASAの手によって最新技術が投入された。まず液体水素タンクはマクドネル・ダグラスが製造したグラファイト・エポキシ製となり、液体酸素タンクはロシアのエネールギヤが製造したアルミニウム・リチウム製タンクが採用された。また各タンクの間となるインタータンク部には、マクドネル・ダグラスが開発したグラファイトアルミニウムのハニカム材が用いられ、姿勢制御用スラスターにも改良が加えられた。これにより機体の質量は620kg軽くなった。

1996年3月15日、DC-XAは完成し、5月18日には初飛行を実施した。高度は244m、飛行時間は62秒であった。着陸時に機体の一部が燃える問題はあったものの、おおむね成功だった。同年6月7日の飛行では高度590mに到達、そのわずか26時間後には再び離昇し、高度3140mまで到達し、飛行時間も142秒を記録した。再打ち上げまでの期間と到達高度、飛行時間は、DC-X、DC-XAにとっての最高記録である。

そして7月31日、4回目の飛行が実施された。山岳標準時13時15分に離昇し、高度1250mに到達、降下を始めた。しかし、いざ着陸の段になって、4本の着陸脚のうち1本が出ないという問題が発生。そのまま着陸したことで機体はひっくり返り、内部の推進剤に引火し、爆発した。

このとき、DC-XA計画は資金不足に陥っており、機体を修復することもできず、この打ち上げをもってDC-XA計画は終了した。当時NASAには、デルタ・クリッパーとはまったく別のSSTO「ヴェンチャースター」の開発計画があり、デルタ・クリッパーに割ける予算がなかったという事情もある。もっとも、ヴェンチャースターも、その実験機のX-33も、その後技術的な困難によって頓挫している。

マクドネル・ダグラスは引き続き、研究を続けるべく売り込みを続けたが空振りに終わり、1997年には会社自体がボーイングに吸収されることになった。デルタ・クリッパーのチームは、元宇宙飛行士のピート・コンラッドが設立した宇宙企業ユニヴァーサル・スペース・ラインズに身を寄せ、引き続き売り込みを続けたがこれも失敗に終わり、同社はその後活動を休止する。

DC-Xの次には、軌道まで飛行できる実験機「DC-Y」の開発も予定されていたが、これも中止となった。そしてもちろん、実機のデルタ・クリッパーも実現することなく消え去ることとなった。もっとも、SSTOは2016年現在の技術でも実現は難しいと見られているため、その後開発が続いていたとしても、完成することはなかっただろう。

DC-XAの想像図 (C) NASA

DC-XAの飛行 (C) NASA

民間宇宙開発競争におけるスプートニク

デルタ・クリッパーやDC-X、DC-XA自身は、カティ・サークやDC-3のような存在にはなれなかったが、その後も他の機関や企業で、さまざまな形態の再使用ロケットの研究・開発が行われ、宇宙を身近にするための挑戦が続いている。

たとえばネット通販大手Amazonの創設者であるジェフ・ベゾス氏が立ち上げた宇宙企業ブルー・オリジンは、「ニュー・シェパード」と呼ばれるロケットを開発し、飛行試験を続けている。ニュー・シェパードは2016年4月の時点で、すでに同じ機体で3回、高度100kmの宇宙空間まで到達する飛行に成功しており、これからも試験を重ね、いずれは実際に人を載せた宇宙観光の実現を目指している。

また、民間宇宙開発の雄として出現したスペースXは、「グラスホッパー」や「F9R-Dev」と名付けられた、DC-Xに似た垂直離着陸式の再使用ロケットの開発と試験飛行を行い、そして実際に人工衛星や宇宙船を打ち上げられる大型の「ファルコン9」を使った再使用試験も進めている。2016年4月現在、すでに陸上に1回、海上の船に1回の計2回の機体回収に成功し、早ければ夏ごろにも回収した機体を再使用して打ち上げたいという見通しが語られている。

ファルコン9は2段式のロケットで、再使用されるのは第1段機体のみであり、SSTOではないものの、今のところデルタ・クリッパーの見た夢に最も近いところにいる。

ブルー・オリジンの「ニュー・シェパード」ロケット。DC-Xの飛行と似ているものの、こちらは高度100kmまで到達できる (C) Blue Origin

スペースXの「ファルコン9」が船に舞い降りる瞬間 (C) SpaceX

マクドネル・ダグラスでDC-X計画に関わっていたクリス・ロザンダー氏は後年、「DC-Xは、民間宇宙開発競争におけるスプートニクである」と語っている。1957年にソヴィエト連邦が打ち上げた世界初の人工衛星「スプートニク」が、その後の宇宙開発競争時代の幕開けとなったように、DC-Xが民間による低コストなロケット開発の先駆けとなるだろう、という意味であるが、それは実現しつつある。

【参考】

・The Delta Clipper Experimental Archive
 http://www.hq.nasa.gov/office/pao/History/x-33/dc-xa.htm
・BMDO DC-X Fact Sheet
 http://www.hq.nasa.gov/pao/History/x-33/dcx-facts.htm
・Phillips Press Release #95-38
 http://www.hq.nasa.gov/pao/History/x-33/phillips-95-38.htm
・Phillips Press Release #95-42
 http://www.hq.nasa.gov/pao/History/x-33/phillips-95-42.htm
・Phillips Press Release #95-51
 http://www.hq.nasa.gov/pao/History/x-33/phillips-95-51.htm