2016年第27週(6月27日~7月3日)は「鉄道の価値」を考えさせられた。全国から支援が届けられた南阿蘇鉄道について、国が復旧へ向けた調査費を計上した。JR九州は上場申請を実施し、早ければ10月に完全民営化する見通しだ。一方、JR北海道の留萌本線留萌~増毛間は廃止日が12月5日に確定した。
熊本地震で被災した南阿蘇鉄道について、復旧の光が見えてきた。新聞報道によると、6月28日の閣議で南阿蘇鉄道の復旧調査費として約2億円が割り当てられたという。これは2016年度補正予算に盛り込まれた熊本地震復旧等予備費から支出される。
南阿蘇鉄道については当連載第19回で、第3セクター各社や鉄道ファンからの寄付などの取組みを紹介した。当時は復旧の見通しは立っていなかった。しかし「南阿蘇鉄道は残すべき」という声が現金という形になって現れている。数十億円と見込まれる復旧工事費には及ばない。しかし、それだけの予算を意思決定する人々には届いたに違いない。まだ復旧が確定したわけではないけれど、大いなる前進といえる。
熊本地震復旧等予備費は5月13日に閣議決定された。総額は約7,000億円。用途は段階的に決められており、第1弾は5月31日に約1,023億円が決まった。おもな用途は中小企業の支援策に約657億円、農業再開支援に約57億円、道路とテレビ視聴など電波対策の設備復旧に約109億円。また、観光による経済復旧のため、九州を目的地とするパッケージツアーや宿泊費補助で約180億円が割り当てられた。すでに旅行会社のサイトなどで復興支援ツアーなどが募集されている。
第2弾は6月14日に閣議決定された。総額は約590億円だ。おもな用途は自衛隊の復旧費用に約469億円。大規模崩落が起きた幹線道路復旧のための測量費に約38億円。
第3弾は6月28日に閣議決定された。総額は約210億円となり、このうち約169億円が国土交通省に割り当てられた。おもな用途は、河川施設の修復に約98億円、道路の路面や橋桁の補修に約17億円、崩壊のおそれがある役所や農林水産施設の再建に約52億円。熊本城の応急処置費用として約3億6,000万円。これは石垣の改修や崩落防止措置、倒壊した櫓の解体費用となる。南阿蘇鉄道の復旧調査費の約2億円もこの段階で決まった。
現在までに割り当てられた熊本地震復旧等予備費の累計は約1,823億円。残りは約5,177億円となる。測量費や調査費をかけて割り出した復旧費用が、この約5177億円から配分される。あとは国や自治体がどのように優先順位をつけていくかという段階だ。
予備費が南阿蘇鉄道よりも優先度の高い案件の復旧費用で使い切れるなら、南阿蘇鉄道の復旧は難しい。他の予算や枠組みを検討するしかない。しかし、全体的な復旧費用が予想より少ないなら、南阿蘇鉄道に配分される可能性は高い。
ちなみに、第2弾で測量費が計上された国道57号については、測量の進捗によって「同じ場所での復旧は困難」と判断され、北側に長大なトンネルを掘って迂回ルートとなるようだ。また、崩落した阿蘇大橋は黒川下流に掛け替えられる。測量から方針決定まで約2週間を要したといえる。これとまったく同じようには進まないかもしれないけれど、南阿蘇鉄道の復旧費用の見積もりも今月中には出るのではないか。
なお、熊本日日新聞(6月30日付)によると、南阿蘇鉄道は6月29日に株主総会を開き、復旧調査費の閣議決定を受けて全線復旧で一致したという。国民の税金から2億円も調査費をかけていただいて、復旧できなければ無駄遣いになってしまう。そうした責任感も取締役会にはあったことだろう。
南阿蘇鉄道は2016年3月期決算で2期連続の黒字となった。経常赤字の補助金基金もあるとはいえ、自治体の援助を最小限にして運行を続けていた。外国人観光客が前年よりほぼ倍増の6万8,201人ということで、経済効果は大きいだろう。熊本の、いや九州、国にとって価値ある観光資源といえる。どうか南阿蘇鉄道に本復旧予算が回ってきますように。
重要ニュースの2つ目はJR九州だ。6月30日に東京証券取引所へ株式上場を申請した。新聞などの報道によると、審査が順調に進めば10月にも上場するという。現在、JR九州の株式は独立行政法人の鉄道建設・運輸施設整備支援機構がすべて保有している。この株がすべて売却される。時価総額は5,000億円に達するとみられる。
JRグループの上場はJR東日本、JR西日本、JR東海に続いて4社目だ。そして本州以外の3島会社としては「初の快挙」といえる。本州3社は大都市圏や新幹線などの安定した鉄道収入源を持ち、それを基盤に副業を展開し成功した。しかし本州以外のJR九州、JR四国、JR北海道は赤字路線ばかりで、経営安定基金の運用益に頼っていた。
JR九州が上場できるほど業績を上げた理由は、不動産・流通部門が好調だからである。鉄道事業は新幹線や観光列車でにぎわっているけれど、赤字を解消するまでには至っていない。しかし、マンション事業は分譲・賃貸・中古買取りリノベーションの3部門で好調だ。九州内のドラッグストアやコンビニのFC展開、ホテル事業も手広く、ホテルは東京・新宿に進出、飲食店も東京・大阪・上海など幅広く手がけている。実質的には不動産と商業の会社だ。株式市場からも、おもに不動産会社として認識されるのではないか。それゆえに熊本地震の鉄道被災が影響しにくかったと考えられる。
そもそも鉄道と不動産事業は密接に関係があった。阪急電鉄の小林一三が鉄道路線と沿線の住宅開発、ターミナルデパートで成功した。それ以降、大手私鉄のほとんどは不動産部門、商業部門との組み合わせで発展した。しかしJRグループの前身である国鉄は副業が認められなかったため、「小林一三方式」は使えなかった。沿線の価値のある地域は開発し尽くされ、駅に近い遊休地は国鉄の清算のために売却された。
つまり、JR九州の不動産事業と商業の成功は「小林一三方式」ではない。わずかに残った遊休地を活用しつつノウハウを蓄積し、沿線から離れた土地で事業展開している。沿線から離れるという意味では、東京や大阪、外国でも同じ。JR九州はその割り切りが良かった。JR西日本もJR九州にならい、自社地域外の事業展開を進める方針だという。
一方で、ここまで不動産事業が高評価されると、赤字続きの鉄道事業は株主から「お荷物」に見られるだろう。不採算路線の廃止やバス転換につながるかもしれない。そこが鉄道ファンとしては気がかりでもある。
この週の重要なニュースの3つ目は留萌本線だ。JR北海道は留萌本線留萌~増毛間の廃止日を12月5日に正式決定した。最終運行日は12月4日の日曜日となる。
留萌~増毛間の廃止は地元と合意済み。JR北海道は4月28日に廃止届を提出。このときは鉄道事業法にもとづき、廃止日は1年後の2017年4月29日とした。同法では沿線自治体など利害関係者からの意義がなければ最大6カ月の廃止日繰上げが可能となっている。そのため、JR北海道は当初、11月30日に繰り上げる意向だった。しかし、地元から「週末まで延長を」という要望があり、4日間の延命が決まった。
11月30日は水曜日。12月4日は日曜日。地元としては土日に廃止を記念するイベントを検討しているのかもしれない。増毛駅は増毛町に無償譲渡されるとのことで、観光施設としての再出発に向けた取組みも始まりそうだ。