『D列車で行こう』(阿川大樹著)は2007年に出版され、2010年に文庫化された小説だ。地方の赤字ローカル線問題に焦点を当て、さまざまなアイデアで成功をめざす小さな会社の物語である。ローカル線問題や地方交通の現状を的確に指摘し、企業経営にも触れているため、ビジネス小説に分類される。ただし、その内容は当時としては現実離れしており、鉄道ファン向けの夢物語といえた。

ところが、本書に描かれた奇抜なアイデアを、2010年に実在の鉄道会社が実行している。本書がヒントか、あるいは偶然か。もし偶然だとしたら、本書は現在のローカル鉄道問題に答えを示す予言の書かもしれない。

めざせ、赤字ローカル線廃止撤回!

『D列車で行こう』は広島県にあるという架空の第3セクター鉄道会社が舞台(写真はイメージ)

55歳の河原崎慎平はメガバンクの支店長で、趣味はツーリング。250ccの軽快なバイクで気の向くままに西へ向かった。広島県のローカル線の線路脇で、自分と同じ年配の撮り鉄、田中博と出会う。田中も東京在住で、試運転する列車を撮影しに来ていた。このローカル線は「山花線」といい、2年後に廃止が決まっている。その記念列車として、古い列車を復活運行するという。しかし、田中が待っていた試運転列車が、2人の目の前で事故を起こした。

その日以来、河原崎は山花線を忘れられない。赤字で廃止とはいえ、調べれば年間の赤字は3,000万円程度。融資担当だった河原崎にとって、山花鉄道は「再生できる案件」に思えた。調べれば調べるほど、その思いは強くなっていく。東京で田中と再会し、山花線への思いを語り合う。ビジネスマンの河原崎と、鉄道ファンの田中は、山花線再生という共通の夢を見始めていた。

河原崎は人生の転機を迎えていた。東京の下町で町工場を相手に業績を伸ばし、バブルを乗り越え、優良な顧客を獲得した。その仕事ぶりが認められ、子会社の取締役に抜てきされた。出世コースである。しかし、河原崎は新たな仕事に生きがいを見つけられない。

3人目の主人公、深田由希は河原崎の腹心の部下であり、飲み仲間だ。趣味はロックバンド。キャリアパスを求め、自力でMBAの資格を取った才女である。しかし銀行の支店では活躍の機会に恵まれない。由希は河原崎の話を聞き、山花線に興味を持つ。現地に足を運んだ彼女の見立ても、「見込みあり」だった。由希は河原崎に、生きがいのある仕事をするべきだと進言する。

同じ頃、田中が河原崎に提案する。田中は元官僚で、天下りを断って引退し、悠々自適の暮らしをしているという。2億円の私財を使って、山花線を再生したい。本当にやりがいのある仕事をしたい、と河原崎を誘う。

こうして、50代のオジサン2名、30代の美女1名という奇妙な3人組が、東京から広島県の小さな町にやってきた。分厚いビジネスプランと自己資金2億円を携え、廃止が決まった赤字ローカル線「山花鉄道」を再建したいという。逆風の中、3人は会社を設立し、山花町に移住して本気を見せる。その会社名が「ドリームトレイン」で、タイトルの『D列車で行こう』につながっている。

ドリームトレインは奇抜なアイデアを繰り出し、町の人々を巻き込んでいく。やがて鉄道だけではなく、地域の人々にも変化が現れ、支援者も増えていく。ただし、すでに鉄道の廃止は議会で決まっている。鉄道の資産を処分すれば町は債権を回収できる。あと2年で有終の美を飾りたいと、町長兼鉄道会社社長は再生に否定的だ。はたして、ドリームトレインのプロジェクトは成功するだろうか?

実在のローカル線再生のヒントがここにある?

物語に登場する「山花鉄道」は実在しない。架空の鉄道会社である。広島県には第3セクターの井原鉄道がある。しかし、「山花鉄道」は旧国鉄で、JR西日本に継承され、その後に第3セクターとなったと記述されている。2007年頃の本書出版時点で開業40年以上という設定だ。井原鉄道は建設中止となった路線を第3セクターとして開業した。広島県も出資しているけれど、岡山県も出資し、本社は岡山県にある。本書出版時点で開業から約20年である。井原鉄道は、「山花鉄道」のモデルではなさそうだ。

さらなる手がかりとして、「山花鉄道」の路線長は32.7kmとある。起点はJRと接続し、終点は行き止まりのようだ。中国地方でこの距離だと、岡山県の錦川鉄道と一致するが……。いや、架空の鉄道を設定していることだし、これ以上の詮索はやめよう。

注目したいところは、ドリームトレインのアイデアのひとつ「リアル運転士」だ。2007年の刊行時点では、作者が提案したアイデアにすぎなかった。ところが2010年、千葉県のいすみ鉄道が実際に「自社養成列車乗務員訓練生募集」を始めた。この施策は、運転士希望者がいすみ鉄道に訓練費用700万円を支払い、運転士として合格すると実際に社員として乗務できるというしくみ。当時から奇抜すぎるアイデアとして話題になったけれど、じつはその3年も前に本作品で書かれていた。

また、終点の駅付近で音楽コンテストというアイデアに近い実例としては、茨城県のひたちなか海浜鉄道がある。終点の阿字ヶ浦駅に近い「ひたちなか海浜公園」で毎年、「ロックインジャパンフェスティバル」が開催されている。こちらは2000年からの開催だ。「リアル運転士」とは逆に、実際のイベントが、「山花鉄道」の「音楽で集客する」というアイデアのモチーフになったとも考えられる。

「山花鉄道」は赤字額も少ないし、ドリームトレインには2億円の資金もある。ローカル線再生としてはハードルが低い案件だ。成功しないほうがおかしい。しかし、ローカル線再生はお金ではないという現実も見せつけられる。この作品では、他にもローカル線問題を考えるヒントがたくさんある。もちろん娯楽作品としても楽しめる。中年がもう一度、青春のパワーをビジネスにぶつけるというサクセスストーリーで、読後感もさわやかだ。もしドラマ化するなら、ロケ地はどの路線が良いだろう……という想像も楽しい。

※写真は本文とは関係ありません。

小説『D列車で行こう』に登場する鉄道風景

山花鉄道 広島県と山花町などが出資する第3セクター鉄道会社。社員は20名。開業以来、一度も黒字になったことがない
山花線 山花鉄道が運行する鉄道路線。路線距離は32.7km。単線ながら電化されている。運行頻度は1時間に1~2本。輸送量は1日1kmあたり718人(718人キロ)
桐生型電気機関車 鉄道史の中で最も運行期間が短く、廃止された理由も不明。所在も不明で、幻の車両といわれた。山花町内で廃校になった小学校の木造体育館の脇に保存されていたとわかった。発見のきっかけは地震で体育館の屋根が落ちたため。これを修理して復活させて、廃線まで走らせる予定だった
山花線車両 深夜、山花駅で2編成が待機している
国石駅 山花線の起点でJR西日本の路線に乗り換え可能。所在地は国石市
南栗駅 山花線の中間駅のひとつ
根坂駅 山花線の中間駅のひとつ。南栗第三カーブ付近との記述があるため、起点から進んで南栗駅の先にあると思われる
山花駅 山花線の終点。山花町の中心にある。ホームは1面1線。ほかに留置線が3本。駅長の佐藤氏はドリームトレインの最初の理解者
京急電鉄の電車 河原崎が帰宅時に乗車する急行電車。横浜を過ぎ、日ノ出町、黄金町を通過とあるため、河原崎の勤務先の新田支店は蒲田にあると推定できる