阪急今津線でさまざまな世代の男女が出会い、すれ違い、触れ合う群像劇。これだけのキャストをそろえて収拾がつくのかと思ったら、ちゃんとラストで落ち着いた。阪急電鉄のマルーンカラーの電車が幾重にも重なるドラマを引き立てる。前面展望もふんだんに入り、四季折々の走行シーンもある。阪急電車ファン感涙の名作だ。

原作は『図書館戦争』『フリーター、家を買う。』の有川浩氏。出演は中谷美紀、戸田恵梨香、宮本信子ほか。タイトルがずばり『阪急電車』だけに、阪急電鉄をはじめ阪急阪神東宝グループが総力を挙げて協力した。同作品を配給した東宝も、元を正せば東京宝塚劇場であり、作品の舞台である宝塚駅と縁が深い。

阪急電車が映画の"立役者"に(写真はイメージ)

120分で描く8人の物語

舞台は阪急今津線の宝塚~西宮北口間。駅の数は8つで、それに合わせて主要な登場人物も8人だ。冒頭はOLの翔子(中谷美紀)が登場。同僚の婚約者を会社の後輩に寝取られ、嫌がらせにウェディングドレスで結婚式に乗り込む。孫の遊び相手として余生を過ごす時江(宮本信子)も物語全体を引き締める役回り。さらに、暴力的な恋人と離れられないミサ(戸田恵梨香)、パンクロックを好む軍事オタクの圭一(勝地涼)、志望校への学力に悩む悦子(有村架純)、気弱な主婦の康江(南果歩)、野草オタクの美帆(谷村美月)、私立小学校へ電車通学する女の子(高須瑠香)が登場する。

序盤に字幕付きで8人も登場し、8歳から65歳までと世代も幅広い。どんな物語かと思うと同時に、約2時間で描き切れるのだろうかと、その意味でハラハラドキドキする。しかし絶妙な構成でそれぞれの人生が絡み合い、観る者は涙したり、すっきりしたりと心地よい印象を残していく。緩急ほどよいストーリー展開のおかげで、ラストまでスクリーンから目が離せない。時江の自宅の遺影、ミサにかかってくる電話などの伏線も見事に回収するから、もう一度見たくなるし、原作を読んで登場人物への理解を深めたくなる。

共演も豪華キャスト。安めぐみ、相武紗季、大杉漣など好感度の高い役者陣が盛り上げている。なによりこの映画では、マルーンカラーの阪急電車が大活躍だ。

ハブられた!? 「南線」が気の毒だけど…

女性作家が描くヒューマンドラマだから、もとより鉄道ファン的な要素への期待は薄かった。ところが映画では随所で阪急電車が大活躍。運転室からの前面展望あり、四季折々の走行シーンあり。3000系のマルーンカラーの電車が大活躍だ。撮影専用列車を仕立てたためか、シーンごとの製造番号もちゃんと辻褄が合っていて好印象。

時江の回想シーンでは古い電車も登場。阪急ファンのコミュニティサイトによると形式は900形とのこと。阪急電車ファン、鉄道ファンにとっても、期待を裏切らず見ごたえのある作品となっている。駅前風景は小林(おばやし)の佇まいが印象的だ。

ただし、阪急今津線といえば高架化で西宮北口~今津間が分離されており、この通称「南線」はいっさい出てこないように見えた。無理やり使う必要はないとも思うけれど、鉄道ファンとしては仲間外れにされた南線が気の毒にも思える。「ハブられ」(仲間外れ)は物語のエピソードの1つとして描かれるだけに、なんとか南線も絡めてほしかった。

もっとも、物語の展開自体は阪急今津線にこじつけていない。沿線に大学がある路線や車窓からヘリコプターが見える路線は他にもあるだろう。でも、そこがこの作品のいいところだと思う。都市近郊の短い路線で、それぞれの人物が互いに気づかないうちに誰かの人生を演出している。こんな奇跡は、もしかしたら東急池上線でも、名鉄瀬戸線でも、札幌市営地下鉄でも……、つまり、観客それぞれにとって身近な路線でも起きているかもしれない。そんな後味を持たせる作品だ。通勤や通学、その他の用事で電車に乗るとき、気分がちょっとだけ前向きになりそうな気がする。

映画『阪急電車』に登場する電車、駅

阪急9000系 冒頭で特徴のクリーム色の屋根の車体が映る
阪急3000系 この物語の"9人目の主役"。先頭車3058が大活躍。3000系は1964年から1969年にかけて100両以上が製造された。この3058は行先方向幕がなく、行先看板を掛けかえるタイプ。ちょっと懐かしい雰囲気を漂わせる。しかし同車は2011年に現役を引退しているとのこと。ほかに3027、3504(中間車)、3070、3009、3152、3068も出演
阪急900形 1930年に製造され、当時は特急に使われる花形車両だった。1978年に全車引退。1両のみ正雀工場に保存されている。架線電圧の規格が違うため自力走行はできず、静態保存となっている
宝塚大橋 武庫川に架かる鉄橋。タイトルバックなどで登場する。車窓にちらりと見える「生」の文字は武庫川の中州にあり、2005年に阪神淡路大震災追悼モニュメントとして作られた「再生」の残り。しかし2006年の増水で流されてしまい、映画のために復活させている。つまり、この物語は2005年頃のエピソードとも考えられる
小林駅 読みは「おばやし」。時江が翔子に、「ここはいい駅だから」と下車をうながす。ツバメの巣は実際にあるという