高倉健が6年ぶりに主演した映画『あなたへ』が公開中だ。高倉健主演、 降旗康男監督といえば『鉄道員』が有名だけど、今年はオリンピックイヤーだから、元オリンピック選手の生きざまを描く『駅 STATION』(1981年・東宝)をおすすめしたい。
主人公のプロフィールと生き方を淡々と描き、ラストに起きる出来事で強いメッセージを残す。そんな構成も『あなたへ』によく似ている。
元オリンピック選手の孤独な刑事、人生半ばにして……、迷う
主人公の三上(高倉健)は北海道警の刑事であり、射撃のオリンピック選手でもある。彼は正義感が強く、妻(いしだあゆみ)のたった一度の過ちを許せずに離婚した。また、オリンピックよりも、犯人逮捕の現場を優先しようとする。その矢先に警官射殺事件が起きる。上司はオリンピックを優先しろと言うが、三上は仇(かたき)を討たせてほしいと懇願する……。
時は流れ、三上はオリンピック射撃チームのコーチとなっていた。しかし選手たちと疎遠になりながら凶悪犯も追い続ける。そんなとき、連続殺人容疑者の妹、吉松すず子(烏丸せつこ)の存在をつかみ、留萠本線増毛駅近くの食堂を張り込む。三上は自分の妹(古手川祐子)の幸せを願っていた。その妹とすず子を重ねつつ、凶悪犯の兄が妹を思う気持ちに賭けた。
銀行籠城事件を解決し、刑事としてさらに評価を高める三上。彼の心にはいつも、「競技で撃つことと、人を撃つことは違う」というコーチの言葉がある。しかし職務では冷徹。遠慮なく凶悪犯に銃を向ける。そんな三上の前に、第3の女、桐子(倍賞千恵子)が現れる。増毛の町で逢瀬を重ねる2人。ひとときの安らぎ。刑事を続けるか、老いた母が待つ故郷に戻るか。三上の心は揺れていく……。
脚本は、『北の国から』をはじめ、北海道を舞台とした数々の名作を手がける倉本聰。三上のコーチであり、人生の師匠でもある相馬刑事に大滝秀治。三上の故郷の漁師に田中邦衛。サブキャストも根津甚八、永島敏行、小林稔侍、橋本功など豪華だ。武田鉄矢、塩沢ときのコミカルな場面も、2時間超の大作で良いアクセントになっている。音楽を担当した宇崎竜童も暴走族のリーダー役で出演する。北海道の風景を情緒的に盛り上げる音楽の作者と、その配役の意外性も興味深い。
留萠本線や上砂川支線もにぎわっていた
オープニングは銭函駅の俯瞰(ふかん)撮影で、DD51が引く黒い貨物列車が通り過ぎる。次の場面、三上の妻子はED76が引くオハ35系客車で旅立つ。こんな場面から始まれば、物語も、鉄道の場面も期待してしまう。その期待通りの美しい映像で、鉄道も描かれる。
物語の主軸となる路線は留萠本線だ。旅客列車は新品でぴかぴかのキハ40形と、郵便荷物車のキユニ21形の2両編成。どの時間も車内は混んでいる。増毛~留萠間の気動車列車は短いが、貨物列車は長かった。留萠駅からは羽幌線(1987年廃止)が分岐し、羽幌炭鉱からの貨物列車が留萠駅に集積した。炭鉱といえば、劇中では函館本線上砂川支線(1994年廃止)も登場する。石炭輸送でにぎやかな上砂川駅の映像は、資料としての価値も高い。
羽幌炭鉱が稼働していた頃の留萌はにぎわっていたようだ。映画館があり、車の往来も多い。炭鉱で景気が良いのか、2ドアクーペタイプも目立つ。本作撮影当時の留萌市の人口は約3万5,000人。現在は約2万4,000人という。増毛町も映画撮影当時は約8,000人の人口があり、繁華街もにぎわっている。同作品では、元旦未明の増毛神社の様子が描かれていて、留萠本線に初詣列車が走っている。現在の増毛町は約5,000人とのこと。
その意味でも、この作品は国鉄時代のローカル線の活気も見せる映画といえそうだ。鉄道に対する人々の期待、ありがたみが、車内の混雑した情景に表れている。留萠駅の構内放送「るもいるもい、るもーい」も軽やかだ。増毛駅には駅員が常駐しており、台車にはチッキ便の荷物が山積みになっていた。
筆者は最近、留萌本線を訪れた。留萌駅の構内放送は自動で控えめ。増毛駅は無人駅であった。タクシーの運転手に聞くと、炭鉱の閉鎖とニシンの不漁で人口が減り、かつてのにぎわいはないという。
『駅 STATION』の撮影が行われた当時の北海道の国鉄は、客車列車が淘汰され、気動車や電車に置き換わっていく時期だった。劇中で約12年を描くため、序盤に旧型客車、中盤以降に気動車が登場する。札幌近郊の事件現場付近には711系電車が登場。この電車の存在だけで、そこが札幌だと示している。このように、鉄道を使って時系列や場所を示す手法は、高倉健主演、降旗康男監督の最新作『あなたへ』でも効果的に使われている。
さて、本作のタイトルとなった『駅』はどこだろう? 銭函駅は序盤だけだし、留萠駅は主人公たちにとって通り過ぎるだけの存在といえる。ではやはり、濃厚なエピソードが起きる増毛駅だろうか? いや、物語のテーマである「駅」の意味は、劇中で三上に届く、ある手紙の中にあると筆者は考える。その手紙の中の「駅」は、三上の人生の道標ではないか。
映画『駅 STATION』に登場する列車・駅など
DD51形機関車と貨物列車 | 国鉄の主力ディーゼル機関車。北海道に配置されたDD51は500番台で、重連運転に対応している。新型機関車との交代が進み、現在のJR北海道所属車は13両。すべて寝台特急「北斗星」向けに青く塗装されており、劇中のオリジナルカラーは現存しない |
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ED76形と旧型客車 | 劇中のED76は511号機。ED76は北海道と九州の電化区間用に製造された電気機関車。500番台は北海道向け寒冷地仕様。客車はオハ35系で、暖房は蒸気機関車の蒸気を流用していた。そのため、旧型客車を引く電気機関車ED76形も蒸気発生用のボイラーを搭載している |
711系 | 函館本線の電化に合わせて投入された交流形電車。登場は1967年から。劇中ではメキシコオリンピック(1968年)まであと270日程度の設定だから、同車は走り始めたばかりといったところだろう。豊平川の殺人事件現場(豊平4条墓地付近)の背景に登場する |
キハ40形 | 全国の非電化路線に導入された大型ディーゼルカー。本作で最も多く登場する形式。留萠駅の「キハ40 105」は新車のようで、細部までぴかぴかで艶がある |
キユニ21形 | キハ21を改造した郵便荷物車。留萠本線の留萠~増毛駅間でキハ40形に連結されている。同形車は2両だけだったので、この作品での走行シーンは貴重な映像だ |
キハ22形 | 一般型気動車のキハ20形をベースに寒冷地仕様とした形式。乗降扉付近にデッキがあり、客室の保温に配慮している。この作品では留萠本線の普通列車として、首都圏色と一般色が登場する |
札幌市電210形 | 札幌市が運行する路面電車。劇中には214号が登場する。場面が札幌市内の事件現場付近と示す意味合いがあるようだ。なお、この214号は現役で活躍中とのこと |
神社のそばの踏切 | 現在の留萌本線阿分駅のそばにある稲荷神社がロケ地。初詣の場面で登場する |
銭函駅 | 函館本線の駅。本編の最初に登場する。駅名はニシン漁で儲けたお金を入れる銭函が由来という。縁起の良い駅名として有名 |
留萠駅 | 柱などに羽幌線の表示がある |
増毛駅 | 劇中の待合室も実在。ただし駅の窓口はそば屋になっている |
砂川駅 | 函館本線の駅。上砂川支線が分岐していた |
上砂川駅 | 上砂川支線の終点。犯人逮捕の場面で使われた。この作品の3年後、脚本の倉本聰氏はこの駅の周辺を舞台に、『昨日、悲別で』というドラマを書いた。上砂川駅は「悲別駅」とされ、こちらの名前が全国に有名となった。現在も「悲別駅」として駅舎などが保存されているとのこと |