人生は旅。旅といえば鉄道。映画や小説でも、駅や列車が効果的に使われて物語を演出する。そこで鉄道ファンの視点から、物語の背景や脇役としての列車や駅にスポットライトを当ててみよう。第1回は日本映画の佳作『喜劇 急行列車』を紹介する。『男はつらいよ』シリーズが始まる前の渥美清が、ブルートレインの車掌を演じた作品だ。

1967年東映作品『喜劇 急行列車』。DVDも発売されており、価格は4,725円(販売 : 東映、発売 : 東映ビデオ)

笑いと涙、定番の邦画コメディ

『喜劇 急行列車』は、東京車掌区の専務車掌・青木吾一(渥美清)の日常の騒動を描いた喜劇。舞台は1960年代後半、東海道新幹線が開業しても、夕刻の東京駅からは長距離列車が次々と出発していく頃の物語だ。

ある日、青木が寝台特急「さくら」に乗務すると、横浜駅から美しい女性・鞠子(佐久間良子)が乗車する。彼女は青木が横須賀線の車掌をしていた頃、ひそかに憧れていた女学生だった。その恋は、青木が急行「東海」に乗務していたとき、鞠子の新婚旅行を目撃して終わっていた。

当時を懐かしむ青木。車掌室でひとり思い出を語ると、なんとそれが鞠子の耳に入ってしまう。乗務を終え、長崎で鞠子と再会した青木は、彼女の相談に乗り、自身の結婚生活にたとえて励ます。

鞠子と鹿児島での再会を約束し、青木は東京へ戻る。しかし妻・きぬ子(楠トシエ)が2人の逢瀬に勘づき、青木が次に乗務する列車、寝台特急「富士」に乗り込んでしまう……。

長距離寝台列車には新婚旅行客や出産間近の妊婦、先輩鉄道員、ホステス、スリ、難病に冒された鉄道好きの少年などが乗り、まるで人生の縮図だ。そんな乗客と乗務員たちが織り成す丁々発止のやり取りが面白い。マドンナ役の佐久間良子に、どこかとぼけた雰囲気の渥美清がしんみりと人生を語る場面も。さんざん笑わせてホロリとさせる、『男はつらいよ』シリーズにも通じる物語だ。

20系の寝台特急「さくら」の旅も楽しめる

同作品の"もうひとつの主人公"が、寝台特急「さくら」。20系客車を牽引するのはEF65 509号機。東京車掌区の点呼から始まり、車内検札、乗客係による寝台のセット、食堂車、夜間の見回りなど、当時の寝台特急と車掌の業務が、まるでドキュメンタリー作品のようにたくさん出てくる。映画のスタートから30分間、本編上映時間の約1/3にわたり、東京~長崎間の「さくら」の旅が描かれる。

当時の寝台特急は、座席利用状態で出発し、日が暮れた頃に乗客係が折りたたみの寝台をセットしていた。同作品では、天竜川を渡るあたりで寝台をセットする場面が出てくる。2等寝台は3段式。ベッドの幅は52cm。かなり窮屈だが、これでも当時は「走るホテル」と呼ばれていた。その2等寝台で、ホステスに囲まれて困惑する学生を演じるのは小沢昭一。その野暮ったさとは対照的に、食堂車のウェイトレスを演じた大原麗子のかわいいこと。当時まだ20歳を過ぎたばかりだったという。

本作品は当時の国鉄が協力しているだけあって、さりげなく列車をPRする場面もある。青木の鉄道業務の先輩が登場し、2段式1等寝台車や1等個室を見せてあげたり、車内から電報を打てるサービスの場面があったり……。ちなみに、1等寝台車ナロネ22の個室料金は3,800円だったようだ。

「さくら」は九州に上陸すると、赤い電気機関車・ED73形に牽引される。長崎本線ではDD51形ディーゼル機関車の43号機に。鳥栖機関区に所属し、20系と連結するためのブレーキホースを装備した機関車だった。長崎本線は当時まだ非電化で、電化は同作品の劇場公開から9年後のこと。

寝台特急をメインとする話だけど、開業したばかりの新幹線もさっそうと登場する。しかも、青木が乗務する寝台特急「富士」を、妻・きぬ子が新幹線「こだま」で追いかけ、熱海で追いついて「富士」に乗り込むなど、西村京太郎の鉄道ミステリーに出てきそうな場面もある。

「さくら」の牽引機のナンバーが変わったり、新幹線「こだま」が「富士」を追い抜く場面で、なぜか「富士」が茶色のEF61とスハ44系客車になったりと、詰めの甘いところも散見されるが、それも鉄道ファンにとっては楽しいところ。本編開始後7分17秒頃の東京駅14番ホームの時刻表にも注目だ。各地へ向かう長距離列車がずらりと並び、急行「湘南日光」の文字も見られる。かつて東京駅から東北本線の列車も発着していたという証拠である。

映画『喜劇 急行列車』に登場する列車

寝台特急
「さくら」
東京発長崎行。鳥栖まで佐世保行を併結。駅の放送では「佐世保・長崎行」と言っている。
客車は20系で、国鉄初の全車冷房付き寝台車だった。機関車は「EF65 509」「EF65 512」
「EF65 502」「ED73」「DD51 43」
寝台特急
「富士」
東京発西鹿児島行。走行時間は24時間以上かかった。客車は20系。機関車は「EF65 508」。
富士についてはほとんどの場面が508号機のようだ。日豊本線では四角いディーゼル機関車
「DF50 523」「DF50 541」が登場。トンネルから赤い機関車が出てくる場面と、車内で起きる
ある出来事のタイミングが一致するという演出がおもしろい
東海道新幹線
0系
基本番台(広窓車)
気仙沼線
ミキスト
(貨客混合列車)
青木が駅員として務めていた陸前階上駅の回想シーンで登場。蒸気機関車「C11 46」と
2軸貨車(ワラ・ワム)と旧型客車の混合編成。「C11 46」は現在、只見線小出駅付近で
静態保存されている
その他…横須賀線111系電車横須賀色。東海道線111系電車湘南色。153系電車の急行「東海」。山手線101系カナリア色。山手線103系ウグイス色。寝台特急「あさかぜ」(寝台特急「富士」の走行場面として登場)。EF61+スハ44系客車(寝台特急「富士」の走行場面として登場)。キハ65系(西鹿児島駅)