ホンダにスポーツカーがなくなってから久しい。S2000が生産を終了したのは2009年。その翌年には、シビックタイプRの国内向けモデルも生産終了し、ホンダのラインアップからスポーツカーが消えた。入れ替わるように登場して大ヒットモデルとなったのが、N-BOXを始めとする「N」シリーズ。長いことクリーンヒットのなかったホンダの軽自動車が一発逆転の大躍進を遂げたのは喜ぶべきだが、一方でなにか寂しいと感じたのも事実だ。
しかし、かつてホンダのラインアップに、実用的なN360と並んでスポーツカーのS500 / S600があったように、N-BOXがあるならば「S●●」もあるはず。そして実際に、今回の東京モーターショーでS660が姿を表した。
「ホンダは誰にS660を売る気なのか?」
ホンダブースに飾られたS660は、やや高い位置のターンテーブルに置かれ、隣のステージには幻の未発売モデル、スポーツ360も鎮座していた。
ちなみに筆者は、20日のプレスデーでホンダブースを見た時点では事情を知らず、あのビンテージカーはS500かS600をレストアしたものとばかり思っていた。50年前に発売されたS500 / S600は軽自動車ではないが、実質的な「ご先祖様」として、S660の横に並べられてもまったくおかしくはない。
でもまさか、軽自動車としての「ご先祖様」を並べるために、試作車しか作成されず、それすら現存しない幻のS360をわざわざ復元作成していたとは……。
ホンダがS660にかける意気込みに驚かざるをえないが、同時に考えてしまうのは、「ホンダは誰にS660を売る気なのか?」ということ。昨今のスポーツカーはユーザーの年齢層がかなり上のほうにシフトしていて、若者向けを強く意識したハチロク / BRZでさえ、その傾向が強い。それを踏まえてホンダのこの売り込み方を見ると、やはり年配ユーザーをメインターゲットに想定しているのだろうか?
それにしても、50年前のモデルであるS360を見てからS660に目を移すと、それはまるで宇宙船だ。エンジン搭載位置の違いもあるが、それ以前に、デザインの出発点であるテクノロジーがまったく違っている。感慨にふけるにはいいが、比較するには違いが大きすぎる。筆者も含め、多くの人々がS660の比較モデルとして思い浮かべたのは、やはりビートだろう。
その比較で言えば、「ずいぶん大人っぽくなったなあ」というのが筆者の感想。NSXをあえてコミカルにデフォルメしたようなビートに対し、S660は新しいNSXと共通したデザインテイストを感じさせながらも、NSXに近づけようという意図は見られない。奇をてらわず、真面目に、合理的に、軽サイズの中でミッドシップ2シーターを構築したデザインだと感じた。
パンと張った硬質な面で構成されたボディは非常にかっこいい。ただし、市販化を前提に考えると、気になる点がひとつある。屋根(ルーフ)はどうするつもりなのか?
「ルーフについては完全に白紙です」
早速、近くにいた担当者に聞いてみたところ、まず、展示されている車両に屋根はないそうだ。後部がパカっと開いて屋根が出てくるとか、別体式のハードトップが用意されているとか、そういったことはいっさいないという。
筆者「……ということは、市販モデルではシート後方の造形はかなり違ってくるということですか?」
担当者「いえ、できるだけこの形のまま市販化するつもりです」
筆者「でも、あの形で屋根をつけるのは難しくないですか?」
そんなやりとりがあった後、最終的には、「ルーフについては完全に白紙です」という言葉で話は終わった。オープンカーを作るのに、屋根をどうするつもりなのか? 格納式のハードトップにするのか、ソフトトップにするのか、そのどちらとも違うイレギュラーな方法を採るのか(懐かしいデルソルのように)?
そこを決めずにボディのデザインをすることはありえないと思う。よって、S660にはなにか"隠し玉"があるような気がするのだが、どうだろう。