モノのインターネット(IoT)というテクノロジーはまだ生まれたばかりの未成熟なものです。スマート冷蔵庫やスマートホームが普及していくのは、まだ少し先の話ですが、IoTが幅広く活用される時代は急速に近づいてきており、私たちは今、そんな未来に向けた基盤を構築しているところなのです。

そして、スマートフォンと同様に、IoT端末においてもアプリのエコシステムが形成されることが見込まれています。広告がIoTという新しいプラットフォームの中でさらに進化を遂げていくことは想像に難くありません。

第1回では、IoTが消費者の生活と広告のあり方をどのように変えていく可能性を秘めているか、そしてその世界観をお伝えしました。第2回では、IoTがもたらす新しい世界について考察し、IoTを活用した広告のプラス面とマイナス面について詳細に分析していきます。

IoT広告が可能にする3つのこと

IoT広告を配信することで、3つのメリットがあります。

1.パーソナルなタッチポイント
IoT端末への広告配信は、利用シーンの性質上、従来のテレビやデジタル広告と比べて、より高い確率で視聴されると想定されます。なぜならば、肌に身に付けるウェアラブル端末をはじめ、IoT端末全般は、新着メッセージをチェックする、レシピを検索する、音楽アプリを立ち上げるなど、目的があって、なんらかの操作がされることが多いからです。つまり端末を利用しているとき、消費者の注意はモニターに向けられているのです。よって、バナー広告やテレビCM、デジタル動画などの他の広告媒体に比べて、消費者から“見られる”という「ビューアビリティ(可視性)」が格段に高いと考えられます。

2.パーソナルなデータ
オンラインでは、ターゲットとなる消費者が料理サイトでレシピを探しているということは分かるかもしれません。しかし、IoTでは、消費者が日々どんなものを食べているかまでを把握できます。また、いつ、どんな運動をしているのか、どんな店の前を車で通っているのか、という情報までも取得できます。つまり、IoTによって収集することができるデータは、既存の広告から得られるデータよりも詳細に行動を把握できるのです。

テクノロジーがさらに高度化すれば、平静時と運動時の心拍数など、バイオメトリクス(生体識別)のデータを利用してターゲットを絞り込むこともできるようになるでしょう。オンライン上での検索履歴に基づく、心理的行動的ターゲティング以上に、IoTから集約するデータによるターゲット広告の可能性には無限の広がりがあるでしょう。

3.タイムリーなコミュニケーション
IoT広告は従来の広告に比べ、配信タイミングという点で非常に優れています。例えば、洗濯用洗剤を例にあげると、消費者は四六時中いつも洗濯用洗剤のことを考えているわけではありません。ですが、ちょうど洗濯をしている時(さらに言えば手持ちの洗剤が残り少ないことに気がついた時)などは、ターゲットに洗剤を売り込むにはまさにうってつけのタイミングだと言えます。スマート洗濯機への広告配信では、汚れがよく落ちる新製品の洗剤の試供品が無料でもらえるような内容にしたり、またその新製品をその場で注文できるような「Call to Action(行動喚起)」を組み込んだりすることができます。

同様に、スマート冷蔵庫への広告配信では、朝食によくコンフレーク食べている人には、いつも食べているのとは違うブランドのコンフレークのクーポンをプレゼントする、といったことも可能です。従来のテレビCMやデジタル広告と違って、IoT広告はターゲットとなる消費者に、より効果的なタイミングで働きかけることができるのです。

IoT広告でクリアすべき2つのこと

新しいイノベーションの常として、IoT広告にも欠点があります。改善が不可能な欠点ではありませんが、考慮に入れておくだけの価値はあります。ここでは、障害になりうる2つの欠点を取り上げます。

IoT広告は、そのパーソナルすぎるタッチポイントによって、スマートフォン広告以上に消費者にうっとうしく思われる危険性があります。これらの特長は、IoT広告の最大の長所ですが、同時に最大の欠点でもあります。しつこく繰り返される頻度の高い配信、強制視聴フォーマットや自分と無関係な広告など、消費者はその広告の質に、より敏感になり、それがそのままブランドに対する印象を左右しかねません。

多くの消費者は、データの匿名化の有無にかかわらず、自分の日常生活の細かいデータが広告主の手に渡ることに対して慎重になるでしょう。IoT広告にはプライバシーに関する問題が生じるおそれがあるということです。

IoT広告を成功させるには

消費者が主導権をもって視聴する広告を選べるような、配慮の行き届いた広告キャンペーン展開が、IoT広告の成功の要因を握っています。以下にその方法論を示します。

1.広告の有無はユーザーに決めさせる
例えば、あなたがもし、スマート冷蔵庫を購入し、専用のアプリをダウンロードせず、プリインストールされているアプリを使わないとしたら、そのスマート冷蔵庫には広告を表示すべきではありません。ですが、あなたがレシピのアプリをダウンロードしたら、現在のモバイル環境と同様に、アプリの料金を支払うか、無料でアプリを使用するかわりに広告を表示させるか、どちらかを選択できる必要があります。

実際、最近のIABによる調査によると、回答者の55%が、特定のアプリ、もしくは、クーポンや無料でゲームなどのインセンティブと引き換えに、IoT端末に広告が表示されてもいいと回答しています。(Internet of Thing, IAB/MaruVCR&C 2016年12月調査)

つまり、スマートフォンと同様に、ユーザーによる何らかの操作が行われない限り、ネイティブ広告をIoTのプラットフォームに流すべきではないということです。

2.コンテキストを重視すること
広告は、ターゲットと親和性が高い内容であるときに最も効果を発揮します。もしあなたが自動車の購入検討をしているのであれば、自動車に関する広告は興味を引き、また役にも立つでしょう。しかし、消費者にとって、自分と無関係な広告は、ただ鬱陶しいだけです。子供がいない人にとっては、おむつの広告を見せられても時間の無駄と感じるでしょう。

IoTでは、求められるコンテキストの水準はさらに高くなります。例えば、ランナーであれば、ジョギングのあとでクールダウンしているときにスマートウォッチにランニングシューズの広告が表示されれば興味を持って見るでしょう。しかし、そんなときに全く無関係な、例えば新築マンションの見学会などの広告が表示されたとしたら、嫌気がさしてしまうはずです。

3.消費者自身がそのパーソナルデータを管理できるようにする
透明性を確保し、データの管理権は消費者が持つようにします。自分のデータがどこでどのようなかたちで使われているか、そしてそのデータの内容はどのようなものか、消費者自身が把握できるようにするべきです。そして、それらのデータを公開するかどうかは、消費者が自ら選択できるようにします。

マーケティング担当者がこれらのガイドラインに従うことで、IoT広告を効果的に展開し、消費者にも好意的に受け入れられるようにすることが可能になります。他のデジタルメディアと同様に、広告は、IoT端末の機能のさらなる高度化につながるような健全なエコシステムの形成にも寄与することになります。

今こそ、そうしたエコシステムの構築に着手すべき時です。今の段階から実験を展開し、経験を積み上げていくことで、数年後、IoTが普及し、メインストリームとなったときに、広告における実用化に向けてスムーズなランディングが可能になります。

グラスビューでは、このエコシステムの基盤をさらに強固なものとすることを目指して、ウォートン・スクール(Wharton School、ペンシルベニア大学のビジネススクール)とIoT広告キャンペーンの実証実験をスタートさせています。 次回は、IoT広告キャンペーンの先行事例を紹介します。

MG(マイケル・ゴーフロン)

元IAB(Interactive Advertising Bureau)デジタルビデオ委員会の共同会長。現在は、世界をリードするソーシャルビデオ・プラットフォーム、GlassView(グラスビュー)の創設メンバーとして、業界初の最高ブランドセーフティ責任者を務める。これまでに、MTV、コンデナスト社に代表される、テレビ業界、パブリッシャー大手、広告代理店、動画アドテック大手を経験し、20数年に渡るキャリアをデジダル広告業界に捧げ、常に一歩先を行くテクノロジーの進化に貢献。2014年に、IABデジダルビデオ委員会の共同会長に抜擢され、現在のオンライン広告のおける技術的標準規格の策定・法整備に携わった。