身近な「フォント」を読み解いていく本連載。この連載の前に掲載した読み切り版ではでは「MS Pゴシック」、連載第1回は「創英角ポップ体」と、ここまで多くの人が“使える”フォント、つまりオフィス系ソフトに付属するものを取り上げてきました。
しかし、生活の中で“よく見かける”フォントは、上記2書体以外にも数多くあります。特に、街なかの屋外広告、テレビのCM、お菓子や飲料などの商品パッケージなど、ふとしたきっかけで目に触れるフォントは、非常にバラエティに富んでいます。
フォントは、商品や広告などにこめられたメッセージを伝えやすくするための大きな要素のひとつ。着目することで新たな発見もありますし、何より街の中から「フォント」という宝を探す宝探しのような感覚は、試してみると楽しいものです。
第2回となる今回は、多くの人の生活の中にひっそりと溶け込んでいる“クラシカルでやさしい”雰囲気のふたつのフォントについて、エディトリアルデザイナーの佐々木未来也さんに解説していただきました。
佐々木 未来也(Mikiya SASAKI)((株)コンセント デザイナー)
慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科修士。2013年株式会社コンセント入社。月刊雑誌、社内報、書籍などのエディトリアル/グラフィックデザインに従事。現在はWebデザイン、サービスデザインに携わるかたわら、全天球撮影部隊渡邊課にて、新しい映像表現の探求をおこなう。
そのフォントとは?
「丸明オールド」と「解ミン」です。図で並べてみます。
どちらもさまざまな場所で使用されている定番フォントです。
「丸明オールド」
「丸明オールド」はカタオカデザインワークスより発売されています。漢字の横画などにつく丸いエレメントや、流れるような筆文字風のひらがなが特徴的で、レイアウトした際に確かな個性を発揮します。
2000年のサントリーモルツの広告ではじめて世間に登場。フォントの発売前に使われたことで注目され、2001年の発売以降はポスター、中吊り広告、パッケージなどさまざまな分野で大活躍する定番フォントとなっています。また、同社からは「丸明オールド」と漢字が同じで、ひらがなやカタカナが違うフォントが複数発売されており、「丸明」シリーズとして人気です。
「丸明オールド」が使用されている例としては、最近だとキリンが出している「生茶」の、CM、広告、Webなどのブランディング、先日休刊となってしまいましたが、ライフスタイル誌「giorni」の主要フォントとして、またモイスト・ダイアンのヘアケア商品のブランディングや鼻セレブの10周年記念の広告、そして昨年のソフトバンクが展開していた吉永小百合さんが主役の「吉永小百合→Softbank」など、広くマスに向けたものから、特定のターゲットに向けたものまで、枚挙にいとまがありません。
「丸明オールド」は、解釈すれば「丸明朝体のオールドスタイル仮名バージョン」です。これの特にすごいところは、それまでにはなかった「丸い明朝体」という概念をつくったことにあります。通常「明朝体」ははらいの先端などがとがっていたり、角がきちんとあったりと、シャープな印象がでるものが多いのですが、このフォントではそれがありません。
漢字に関しては、プレーンな骨格をおさえつつ、直線的な要素が多くあります。しかし一画のはじまりやとめ、はらいの終点などが円形に処理され、直線的でありながら、丸い、という非常に珍しい造形をしています。
ひらがなやカタカナは「オールド」という名のとおり、明治に使われた金属活字の書体をベースにして、クラシカルなイメージを出しています。いわゆる現代的な明朝体のひらがな、カタカナと比べて特徴的な点を、具体例で説明します。
「丸明オールド」はまず、漢字とひらがな、カタカナとのサイズの差がずいぶんとあり、「鎌倉」の文字が大きく見えます。これは、オールドスタイルな本文組で見かけるもので、漢字とひらがなのリズムを出すことによって、文章を読みやすくさせる意図をもっています。また個人的には、ひらがな・カタカナは漢字と比べて要素が少なく、1文字の密度が低いので、反対に密度の高い漢字と同じ大きさにすると、ちょっと空いて見えてしまいます。漢字に比べてひらがなを小さくすることで、1文字の密度を上げ、漢字と密度感をそろえる効果があると考えています。
次に、スタンダードな明朝体「ヒラギノ明朝 Pro」と異なり、字の一画一画の太さに抑揚がありません。「丸明オールド」は全体的に丸みを出す処理がなされているためか、ある程度一定の太さに見えるようになっています。
また、「丸明オールド」は、「パ」は縦がとても短く、比べて「ラ」は縦に大変長い形状をしている、といったように、字ごとに大きさが異なっていることが分かります。さらには、「い」「は」「ま」のように、要素がつながって、手書き文字のようなやさしい雰囲気を出しているのも印象的ですね。
直線的でありながら丸い、極めて斬新な漢字と、クラシカルで癖の強いひらがな、カタカナ。これらふたつの要素が一緒になることで、クラシカルでありながら古臭くなく、やさしい印象でありながらくだけすぎない、独特な雰囲気のフォントとして成立しています。
「丸い明朝体」という新しい概念をつくりだし、さらに、一過性の流行ではなく、長く使われる定番フォントとなったこと、ここに「丸明オールド」のすごさがありますね。
丸明オールドのライバル「解ミン」
個性的でありながら、さまざまな分野で活躍する「丸明オールド」ですが、昨今登場したフォントでは「解ミン」が良きライバルとなっているのではないかと考えています。ライバルと言ったのは、例えば「丸明オールド」が候補になるようなデザインを考える際、あわせて候補に「解ミン」を入れる例も多いのではないかといった意味です。
「解ミン」はモリサワが2013年より提供しているフォントで、「解ミン 宙」「解ミン 月」の2種類があります。両者の違いはひらがなにあり、「宙」はクラシカルでありながらもすこし見なれた印象のひらがなで、「月」のひらがなは扁平ではらいが特徴的です。両者に共通する漢字は「隷書(れいしょ)」 とよばれる書法に影響を受けたもので、流れるような左はらいやポッテリとしたとめ・はねが、独特なイメージを醸しています。
「解ミン」は2013年に登場したため「丸明オールド」ほど広まってはいないものの、書籍のタイトルや雑誌、そしてこちらも清涼飲料水のパッケージ等、着実に使われる場所を増やしています。余談ですが、先日原宿の竹下通りを歩いていた際、飲食店のチラシで数軒ほど「解ミン」が使用されているのを見かけました。
解ミンが丸明オールドのライバルと考えられるのはなぜ?
図を見比べると気付くかもしれませんが、「丸明オールド」と「解ミン(特に宙)」を突き合わせて同じ文字同士を比べると、それぞれ形は違っているのが分かるかと思います。かたや「丸明オールド」は「丸明朝体」ですが、「解ミン」は「隷書を彷彿とさせる明朝体」で、端部の処理の違いや、ひらがな、カタカナの造形の違いなど、両者は異なっています。しかし、両フォントから受ける印象はすこし似ているように感じませんか?
どちらもやさしい印象ですが、かといって決してポップなわけではなく、むしろクラシカル。加えて、くだけた印象が少しありながらも、品の良いイメージがわくかと思います。
「解ミン」の登場以前は、このような複雑なニュアンスを表現したい場合、適切な印象を演出してくれるフォントの選択肢が「丸明オールド」か姉妹品の「丸明」シリーズ以外にはほとんどなかったように思います。
しかし、デザイナーというのはすこし欲張りなもので、「『丸明オールド』っぽいものを選びたいけれど、丸明オールドではなく、ディテールの違うものを」、「『丸明オールド』に印象は近いが、すこし違うものがあれば、もっとイメージ通りのデザインになるのでは」、というように考えがちです。
「解ミン」の登場は、その点で期待されていたように感じます。「丸明オールド」系ともいえる複雑かつ微妙なニュアンスを持ちつつ、字形が異なっているので類似品ではない。「丸明オールド」系の選択肢を純粋に豊かにしつつ、「丸明オールド」とは違う佇まいを見せてくれるフォント。デザイナーにとって、「解ミン」のようなフォントはとてもありがたい存在といえるでしょう。
さいごに
このふたつのフォントが世の中で最も使われている、ということはないですが、その特徴的な見た目のため目につきやすく、本屋や駅、街を歩けば本当によく目に入ってくるフォントです。
「丸明オールド」は、前述の通り、漢字の横画などにある円形の要素が特徴的です。特に「鎌倉」の右はらいにある2重の丸みがポイントで、これがあればほぼ「丸明」シリーズのフォントだとみてよいでしょう。それが「オールド」かどうかの判別は難しいのですが、「た」「い」など、ひらがなの画同士がつながっていることや、横画の中心が凹む傾向をチェックしてみると分かるかと思います。「解ミン」のとめは丸い印象ですが、「丸明」のような完全な円形ではなく、水滴のような自然な丸みです。そしてはらいに丸い要素はでてきません。
みなさんも出歩く街を歩く際、「丸明オールド」と「解ミン」、ぜひ探してみてください。今日はどちらを多く見かけたかを数えながら歩いてみると、ただの移動もちょっと面白くなるかもしれません。