海の近くの、お魚がおいしいお店に食事に行きました。お昼時でお店は混雑していて、私の隣のテーブルには、学生時代の同級生らしい女性の三人組がいました。聞くともなしに聞こえてくる話を聞いていると、みんなそれぞれ働いていて、大変ながらもがんばっている様子。しかし、話が進むと、その中の一人がこんなことを言い出しました。

「私、もう来月25歳なんだよ!? 信じられない! ○○くん(今つきあっている彼氏らしい)が結婚してくれなかったらどうすればいいの!?」

その後は三人の、それぞれの婚活へと話題が移っていき、相手の条件だの、アプローチした相手の反応などが語られ、「もういいトシなんだから早く結婚しないと」という焦りと、そうなっていない現状を嘆く深いため息で会話は締めくくられました。

隣でしらす丼を食べている女、36歳独身なんですけど……。聞き耳を立てている自分のことは棚に上げて「25歳で何言ってるんだあああ!」と言いたくなってしまいました。36歳にもなると、独り身をなげく言葉も内外から聞きすぎて、もはやパピコをふたつに割ったものの一緒に食べる相手がいない程度のことでは、心は微動だにしなくなります。

年齢、環境による「普通でなければ」という圧力

私が25歳だった頃、まわりの女性は全然結婚していませんでした。というか、そもそも仕事関係で出会う人は年齢がバラバラでしたし、同世代の友達もあまりいなかったので、「この年齢ではこのくらいやってるのが普通」という基準を感じにくかったのです。

30歳を過ぎて、同世代の友達が増えてきた頃、強く感じたのは周りの「出産に対する焦り」でした。「出産したい、子供が欲しいから、早く結婚しないと」という焦りもよく聞きましたが、そればかりではありません。「出産して子育てをするとしたら、そろそろ考えて決断しないとまずい」という焦りもありました。強く欲しいとも思ってないけれど、産まない人生を選択して後悔しないとも言いきれない……。そこで悩む人はとても多いです。

今は、学校を卒業してわりとすぐ結婚する、早婚の人も増えているので、おそらく10代、20代といえども、若いからといって結婚に対する焦りがないとは言えないのではないか、とも想像します。上の世代の私たちの煩悶を見るにつけ、「そんなに悩む前に結婚したい」と思われているかもしれません。

実際に、こんなことを言われたことがありました。「私のいる雑誌の編集部って、上が全員女なんですよ。アラフォーぐらいで、全員独身で。絶対辞めないからポストが空かないから出世できないし、新しい人も入れられない。あんな風にはなりたくないんです。結婚もせず子供も産まず、仕事ばっかりして40代とか、イヤじゃないですか」

私もアラフォーなんですけど……とは言えず、一瞬黙ってしまいましたが、彼女にとって上の世代の人たちは、少なくとも幸せそうには見えていないのだなと感じました。

私も、まだ30代です。焦りを感じることがある一方で、まだまだ若い年齢だという自覚もあります。一番焦りを感じるのは、老後の貯金……。フリーで厚生年金がないため、もっとも「普通」でいられなくなり、疎外感を味わうのが、私にとっては老後なのです。たまたま私にとってはそれですが、それぞれの年齢や環境、立場で焦ることは全然違うでしょう。10代や20代の強烈な焦燥感を、私は今でも強烈に覚えています。

「結婚したい」という焦りから逃れるもっとも簡単な方法は、結婚することかもしれません。けれど、結婚したあとも様々な形でやってくるであろう「焦燥感」を、どのように受け止めるかということは、どこかで考えていないといけないような気がします。

少なくとも、「みんなと同じでなければ」という気持ちは、私は捨ててしまいたいですし、「結婚してないと、周りに変だと思われるから」「かわいそうだと思われるから」という気持ちも、捨ててしまいたいです。それは、自分が本当に望む生き方と、何も関係がないからです。もちろん、それでも、人と同じだという安心感を得たいとか、人から良く思われたいとかいう気持ちを持ってしまうから悩むわけですが、できればそういう変な焦りを排除して生きられたらいいなと思うのです。

<著者プロフィール>
雨宮まみ
ライター。いわゆる男性向けエロ本の編集を経て、フリーのライターに。その「ちょっと普通じゃない曲がりくねった女道」を書いた自伝エッセイ『女子をこじらせて』(ポット出版)を昨年上梓。恋愛や女であることと素直に向き合えない「女子の自意識」をテーマに『音楽と人』『POPEYE』などで連載中。

イラスト: 野出木彩