列車の運行を折れ線グラフのように示した図表を「列車ダイヤ」という。列車ダイヤを見れば、各駅停車を特急が追い越したり、単線の駅で列車がすれ違う様子が一目瞭然だ。数字ばかりの時刻表では現れない事実が浮き上がる。

この連載では、市販の時刻表のデータから列車ダイヤを再現し、数字からは読み取りにくい「列車運行の秘密」を解き明かしていく。第1回は日本の鉄道開業時の列車ダイヤを描いてみた。新橋~横浜間で、上下の列車がすれ違っていた駅は……?

列車ダイヤとは何か?

その前に、列車ダイヤについて簡単に説明しておこう。

実物の列車ダイヤ

鉄道の運行計画は列車ダイヤの形式で作られ、鉄道のあらゆる業務で列車を把握する基本の資料となる。ただし、鉄道職員以外が列車ダイヤを得る機会は少ない。記号や数値が細かく記載され、内容は複雑だ。ちょっと見ただけでは、各駅の列車の発車時刻などわからない。そこで、列車ダイヤを元に駅の発車時刻一覧を作ったり、列車の停車駅一覧を作ったりする。列車ダイヤを「翻訳」した結果として、市販の時刻表や駅に掲げられた時刻表ができあがるというわけだ。

前述のように、列車ダイヤは列車の動きがわかりやすいから、鉄道ファンとしては欲しいアイテムのひとつだ。「乗り鉄」なら、自分が乗っている列車と「すれ違う列車が何か?」「どこで追い越しがあるか?」がわかるし、「撮り鉄」なら、駅間の撮影ポイントで「次にどんな列車がやって来るか?」を把握しやすい。

しかし、列車ダイヤは鉄道職員用の資料だ。簡単には入手できない。ときどき鉄道会社のイベントで頒布されたり、鉄道雑誌などに収録されたりする。しかしわずかな機会だし、自分が欲しい路線の列車ダイヤが手に入るとは限らない。それではどうするか? 自分で列車ダイヤを作ればいいのだ。

列車ダイヤを再現するソフト『Oudia』

列車ダイヤを翻訳して時刻表ができるなら、逆に時刻表から列車ダイヤを再現できるはず。方眼紙で縦線を時刻、横線を駅とし、ある列車の各駅の発車時刻を線で結んでいく。これをすべての列車で描いていけば、「手作りの列車ダイヤ」ができあがる。

「手作りの列車ダイヤ」の場合、時刻表に記載されていない回送列車や貨物列車は再現できない。しかし、旅客列車の動きはよくわかる。列車ダイヤを作りながら、「ここで追い越しをするんだ!」とか「ここですれ違うんだ!」などと発見できておもしろい。

列車ダイヤのしくみ

とはいえ、方眼紙に線を引くなんてかなり面倒だ。そこでおすすめしたいソフトウェアがある。Windows対応のフリーウェア『Oudia(おおゆうだいや)』だ。表計算ソフトに駅や列車の数字を記入していく感覚で時刻表を作ると、自動的に列車ダイヤを描画してくれる。ちなみにMacintosh対応の列車ダイヤ作成ソフトとして『CocoDia』、iPhone対応としては『yubiDia』などがある。鉄道ファンには人気の高いソフトウェアだ。フリーウェアとして無料で利用できる。作者に感謝しつつ、使わせていただこう。

列車ダイヤ描画ソフト『Oudia』

当連載では『Oudia』を使って、いろいろな路線の列車ダイヤを再現し、列車運行のおもしろさを発見していく。

明治5年、日本の鉄道開業時のダイヤを再現してみる

インターネットで、「明治5年」「鉄道開業」「時刻表」で検索した結果、国会図書館の「近代デジタルライブラリー」に鉄道開業当時の時刻表がみつかった。「法令全書. 明治5年」で、出版社は内閣官報局とあった。なんと縦書き。時刻表記は漢数字の12時間制。「午前八字」「三字十七分」のように、「時」ではなく「字」が使われていた。それはともかく、この時刻表を「Oudia」に入力した。まずは時刻表から。

下り列車時刻表

上り列車時刻表

下り列車、上り列車とも8時以降、ちょうど0分の発車となっている。新橋駅は現在の汐留にあり、横浜駅は現在の桜木町駅にあった。当時の新橋~横浜間の所要時間は53分で、1日9往復。日中は3時間も空いて、12時台の運行がない。お昼休みだったのだろうか……、といった情報が読み取れる。

神奈川駅は現在の横浜駅から新橋側へ約1kmの場所だったという。当時の品川~神奈川間の所要時間は37分。現在の品川~横浜間は約16分だ。当時の蒸気機関車は動軸2つのタンク式で、客車も2軸の小さな箱だった。所要時間37分は精一杯のスピードだったようだ。

さて、新橋と横浜、どちらも列車の発車時刻は同じ。開業時の鉄道は単線だったから、どこかの駅で列車のすれ違いが起きる。下り・上りの時刻表を比較するとわかるように、各時間帯の上下の列車は川崎駅の発車時刻が同じ。つまり、川崎駅ですれ違っていた。列車ダイヤで表示してみよう。

日本の鉄道開業時の列車ダイヤ

列車ダイヤにすると、ご覧の通り。新橋発横浜行は右下がりの線、逆方向の横浜発新橋行きは右上がりの線で描かれて、2つの列車が川崎駅で交差している。12時台・13時台がぽっかりと空く。職員の休憩や、機関車の点検などを実施していたと思われる。

すれ違いは時刻表からの予想通り、すべての列車が川崎駅で実施していた。ここでは発車時刻しかデータがなかったけれど、お互いの列車がぴったり同じ時刻に到着し、すぐに発車するなんて、当時は無理だろうと思う。そこで、川崎駅の到着時刻を5分前に設定してみた。

川崎駅の到着時刻を設定、停車時間を5分とした

このダイヤでは、上り・下りとも、列車は終着駅で約7分で折り返しているように見える。つまりこの列車ダイヤは2編成あれば実現できる。……いや待て、当時は蒸気機関車で、水や石炭の搭載量も少なかったはず。機関車が客車から切り離され、転車台で向きを変えて、給水、石炭を搭載して、また客車につなぐ、という流れは7分では難しいだろう。

2編成で運用できる!?

日本政府は鉄道開業にあたり、蒸気機関車を5台輸入した。ということは、4台が稼働し、1台は予備だったと考えられる。つまり、このダイヤは4台の機関車で運行されていた。新橋・横浜ともに8時発・9時発の編成があり、それぞれ最短で1時間7分で折り返した。こう考えたほうが自然だろう。

4編成で運用したかも!?

このように、列車ダイヤを作ってみると、列車の動きだけではなく、必要な編成数なども予想できる。現在の列車ダイヤなら実際に確かめに行けるけれど、鉄道開業時の車両運用は残念ながら確認できない。タイムマシンがあったら見に行きたい。いや待てよ、タイムマシンのダイヤはどうなる? そもそもタイムマシンにダイヤがあるんだろうか? ……おっと、妄想の迷路に入り込んでしまったようだ。

次回は、時代をもう少し進めて、単線と複線のダイヤを比較してみよう。