国立がん研究センター(国がん)と名古屋大学は2月28日、卵巣から腹腔内を覆う腹膜にばらまかれたように広がる卵巣がん細胞の腹膜播種による転移のメカニズムを解明したと発表した。

同成果は、国がん 研究所分子細胞治療研究分野の落谷孝広 分野長、同 横井暁 研究員、同中央病院婦人腫瘍科の加藤友康 科長、名古屋大学大学院医学系研究科産婦人科学の吉川史隆 教授らによるもの。詳細は英科学誌「Nature」の姉妹誌「Nature Communications」(電子版)に掲載されるという。

卵巣がんの5年生存率は、がんが卵巣に限局する初期症例では90%だが、自覚症状に乏しいため、およそ半数の症例が骨盤外での腹膜播種性転移などの進行した状態で見つかるといわれており、こうした状態での5年生存率は40%と低い。発生要因としては遺伝的関与のほか、出産歴がない場合にリスクが高まることも指摘されているが、現時点では発症を予防することは難しく、有効な早期発見方法や治療法の確立に至っていない。

そうした中、直径100nm前後の細胞外膜小胞(Extracellular vesicles:EVs)の1つである「エクソソーム」が大腸がんの早期診断のための検出標的となるほか、乳がんの術後長期間を経ての再発に関わっていることや脳転移のメカニズムの主役として関与していることなどが近年報告されており、今回、研究グループでは、卵巣がん細胞が分泌するエクソソームが卵巣がんの腹膜播種性転移を促進することを動物モデルにて証明したとする。

また、そのメカニズムを解明した結果、エクソソームが腹膜の主要構成成分である中皮細胞に作用し、アポトーシス(細胞死)を誘導していることを発見したほか、その役割を担っているのがエクソソーム内のMMP1遺伝子であることを同定。さらに、卵巣がん患者1000人を超える大規模データべースの遺伝子情報解析から、ステージ1の早期卵巣がん患者におけるMMP1遺伝子の量の高低が、高精度でその後の生存予測に関わっていること、ならびに実際の卵巣がん患者では、腹水内のエクソソームにMMP1遺伝子を多く含む割合が大規模データベースによる卵巣がん組織のMMP1遺伝子の高い患者群の割合と一致することを確認。その遺伝子量は手術前に化学療法を受けていた患者群で、有意に低下することも確認したという。

なお研究グループでは、卵巣がん診療において腹水採取は、卵巣がん細胞の有無を検討するために必ず検査される事項であり、そこに同エクソソームの解析が加われば、早期卵巣がん患者の予後を予測でき、その後の経過観察における重要な情報となり得ると考えられるとしているほか、腹水中のMMP1含有エクソソームは化学療法を行うことにより低下することも示されたことから、化学療法の効果判定に活用できる可能性もあるとしている。

また、近年、エクソソームを標的としたがん治療の研究が進められ、特定のエクソソームの除去を行うことが将来的に可能となることが期待されるともしており、研究グループでも今後、MMP1遺伝子を含んだエクソソームを阻害することにより、卵巣がんの転移を予防するような新規治療開発を目指すほか、腹水や血清など臨床サンプルの収集も継続していくことで、バイオマーカーとしての意義を前向きに検討することも予定しているとコメントしている。

卵巣がん細胞由来エクソソームによる腹膜播種性転移のメカニズム (出所:国立がん研究センターWebサイト)