【短期連載】VAIOのいま、そしてこれから(5) - PC事業はなぜ赤字だったのか

大河原克行  [2014/09/03]
■【短期連載】VAIOのいま、そしてこれから
(1) - 7月1日、VAIO発足の日
(2) - 必死だった新会社のスタート
(3) - 『本質』という言葉
(4) - VAIOとBtoB戦略
(5) - PC事業はなぜ赤字だったのか
(6) - 「@安曇野」プロジェクト
(7) - 「いっちょ、やったるか!」
(8) - 品質追求に向けた取り組み
(9) - 次期製品が生まれる土壌
(10) - ソニーストア、量販店の声
(11) - 店頭販売の懸念と工夫
(12) - VAIOを取り巻く企業
(13) - 気になるオリジナル製品の行方
(最終回) - VAIOが目指す未来

「言葉には出さないが、社員全員が『一度は潰れた会社』という意識を持っているはず」と、関取社長は語る。

*  *  *

VAIO株式会社は、ソニーのPC事業が売却されスタートした会社だ。ソニー時代にPC事業に関わっていた1100人の社員のうち、240人が新会社へ移籍し、規模を約5分の1に縮小してスタートした。公表数字によると、年間出荷目標は2013年度の560万台の実績から、2015年度は30~35万台と従来の16分の1。新会社がスタートしたばかりの2014年度は、さらに少ない台数からスタートすることは明らかだ。

長野県安曇野市にあるVAIO製造工場(写真はソニー時代のもの)

最寄り駅となるJR大糸線の豊科駅

ソニーの決算発表によると、同社の2013年度のPC事業の実績は、売上高が4,182億円、営業損失は前年度の386億円の赤字から拡大し、917億円の赤字だった。さらに、2014年度連結業績においても、PC事業の赤字として800億円を計上する見通しを明らかにしている。つまり、3年間で累計2100億円もの赤字を計上することになる。

「私も、社員も、その言葉を口にしなくても、それだけの危機感がある」と関取社長は続ける。

では、ソニーのPC事業はなぜ赤字だったのか。そして、なぜPC事業を売却しなくてはならなかったのか。

その質問を、ソニー時代にPC事業を率いていた赤羽良介副社長に投げてみた。それに対して赤羽副社長は、「集中できていなかった、ということに尽きるのではないか」と答える。

ソニーは、2007年度以降、海外展開を含む事業拡大路線を展開。2006年度には400万台だった年間出荷実績は、2007年度には520万台を出荷。前年比30%増と大幅に成長。さらに、2010年度には、過去最高となる870万台の年間出荷を達成した。

VAIOシリーズの年間出荷台数(単位は万台)
■99年度 140 ■07年度 520
■00年度 250 ■08年度 580
■01年度 350 ■09年度 680
■02年度 310 ■10年度 870
■03年度 320 ■11年度 840
■04年度 330 ■12年度 760
■05年度 370 ■13年度 580
■06年度 400

この2010年度には黒字化を維持。さらなる成長戦略として、2011年度には年間1000万台の出荷を目指す計画を掲げていった。

だが、タイの洪水影響や円高などの影響を受けて、この年の出荷は年間840万台に留まった。ここでソニーのPC事業はひとつの転機をむかえることになった。いや、このあたりから、ソニーのPC事業に異変が見られ始めたといっていい。

台数を追う戦略へとシフトすることで、PC事業の成長戦略を打ち出し、成長市場である新興国へとフォーカスした事業展開を加速したものの、新興国市場の伸びが予想以上に減速。その一方で、普及価格帯の製品が需要の中心となったことで、平均単価が下落し、価格競争のなかに巻き込まれ、収益性にも影響を及ぼすという悪循環に陥った。

低価格モデルが中心の戦略で収益性が悪化。そこに、出荷台数が目標未達が影響し、大幅な減収減益に見舞われることになったのだ。

「PC事業は、ボリュームを追求することが優位に働くのは確か。ソニーのPC事業もそれを指向していた。だが、それぞれの国で求められる製品を見てみると、機能や価格帯がまったく違う。極端にいうと、人気となる色も違う。それぞれのニーズに対応すると、自ずとシャーシ数が増え、SKUが増える。これでは競争力が発揮できなくなる。それを解決するにはどうするか。そのためには、どこの国でも受けそうなバランスを取った平均点の製品を出そうということになる。その結果、VAIOらしい尖った製品がなくなってしまった」――。VAIOらしくない製品が登場する温床ができあがってしまったともいえる。

赤羽副社長が語る「集中できていなかった」という反省点の素地は、ここにあるようだ。

成長戦略へのシフトは、VAIOの事業フォーカスが普及モデル偏重の体制にならざるを得ない状況を生み出し、VAIOならではの「尖ったこと」に集中した製品を投入できない状況を生み出した。

関取社長は、「こうしたことは、さまざまなメーカーで起こっていること」と前置きし、「平均点を追求すれば、だんだんエッジが立たない製品ばかりになっていくのは当然のこと。しかし、やっている人たちは、妥協して作っているなんてまったく思っていない。世界で勝つために作った製品であり、自信を持って開発した製品であることには変わりがない」と断言する。

赤羽副社長も、「VAIOに対しては、平均点のものを求めている人なんていない。それがわかっていながらも、成長を追求するあまり、平均点のものを作り始めてしまった」と振り返る。

"尖った"VAIOの象徴ともいえる、1997年に発表されたVAIO PCG-505。B5ファイルサイズのノートPCで、当時の技術で極限まで薄く設計されている。量販店では初回入荷分の完売が相次いだという

VAIO PCG-505にフロッピーディスクドライブ、CD-ROMドライブ、ポートリプリケータ、スピーカーユニットを取り付けたところ

そして、関取社長はこんなことも語る。

「ソニー時代を振り返ると、PC事業部門の社員は120%でがんばっていた。赤字の時にもがんばってきた。それにも関わらず、成績は50点に留まっていた。どこかでなにかが共有できていなかったり、孤軍奮闘しなくてはならない状況が生まれていたのではないか。あるいはベクトルがあっていない、力が発揮できないようなボトルネックが生まれていたということがあったのかもしれない」とする。

99人が120%の力で取り組んでいても、ある一人が10%だったら、そこにボトルネックが発生し、組織のアウトプット能力は10%に留まることがある、というのが関取社長の持論だ。

VAIOの関取高行取締役社長

例えを変えれば、高速道路の渋滞現象と同じだと関取社長は語る。「上り坂なのにアクセルを踏まないクルマが一台いると、そこから後ろのクルマがブレーキを踏まなくてはならなくなって、少しずつクルマの速度が落ちる。そして、最終的には渋滞になる」。

こうしたことがソニーのPC事業のなかで起こっていたのではないかと比喩する。「そうならないように、ドライバーが変わったり、横に座ってアクセルを踏むように言ってあげればいい。そこに私の役目がある」と、関取社長は語る。

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