「こけし女子」という言葉をご存知だろうか? 東京など大都市でこけしイベントが開かれると、会場は女性で埋め尽くされ、「Kawaii!!」の声が飛び交うとか。素朴なかわいさが、ストレスだらけの都会の女性の心をほっこりさせているようだが、そんな都会のこけしブームは、こけしの産地・東北にどんな影響をもたらしたのだろう?
量産こけしより伝統こけしに萌え
ところで、「こけし女子」という言葉を耳にしたことはあるものの、実際に「私の周りにもこけし女子がいるわ!」という人は少ないかもしれない。なぜなら、こけし女子の愛はひたすらこけしに向けられているのだから。特に、量産された「お土産こけし」ではなく、職人が手作りする「伝統こけし」に対しては愛情も倍増する。
伝統こけしは一体一体微妙に表情も違い、また、職人が丁寧に心を込めて作っているため、とても優しい顔立ちをしているのだ。その穏やかな空気に癒やされ、すっかりこけしのトリコになった女子たちは、各地で開催中のこけしイベントにも足繁(しげ)く通いつめて情報交換を行う。
例えば2012年3月には、渋谷パルコにて「kokeshi pop ポップでかわいいこけしの世界」なるイベントが開かれ、「こけしの絵付けワークショップ」などの企画が催され大いに賑(にぎ)わった。また、伝統こけしとマトリョーシカの専門店「KOKE-SHKA」が2011年に創刊した雑誌、「こけし時代」も売れ行き好調だ。
家に100体のこけしがあるのはざら!?
こけしの故郷である東北地方の“こけしのある生活”は、東北以外の土地に暮らす人たちには想像できないほどに濃密なのだ。青森県黒石市にある「津軽こけし館」の山田拓郎さんは語る。「私の生まれ育った家には100体以上のこけしがありました。津軽でこけしのない家なんて一軒もないんじゃないですか。だって、こけしがあるのが当たり前のことなんですから」。
こけしは、もともと工人(木地師)と呼ばれる東北の木工職人が木製品を作る傍ら、端材で作っていた子供たちのおもちゃ。工人は冬場になると近隣の温泉に湯治に出かけていたのだが、そのついでに農村から来た湯治客に、このおもちゃをお土産品として販売したことで、東北一帯に広がった。「こけしの産地の近くには必ず温泉があります」(山田さん)とのこと。
江戸時代末期、山里の温泉地に誕生したこけしは、瞬く間に東北の一般家庭に浸透していった。仙台市には、こけしの誕生から間もない明治25年(1892)創業の老舗こけし店「こけしのしまぬき」がある。現社長の島貫昭彦さんが、東北のこけしにまつわる風習を紹介してくれた。
「こけしは、東北ではポピュラーな贈答品なんです。新築のお祝いとしてこけしを贈る風習がありますし、いろいろな賞の受賞記念や会社の退職記念の品としてこけしが贈られたりしています」。
また、福島県作並市の小学校では、かれこれ15年以上も卒業記念に名前入りのこけしが贈られている。弥治郎こけしで名高い宮城県白石市や山形市には、「こけし神社」との別名を持つ神社まである。さすが、こけしの故郷・東北である。
こけしの研究で大学の博士号を取得する外国人も
そんなこけしの故郷・東北のこけし人たちの目に、都会のこけしブームはどんな風に映っているのだろうか。まずは、津軽こけし館の山田さんの弁。「有り難いことです。うちは、これまでは温泉に来たついでに立ち寄ってくださるお客さんがほとんどだったんですが、今はこけし目当てでわざわざ来館する若い女性が増えました」。
また、津軽こけし館では通信販売の注文も激増したという。「5、6年前にはわずか2、3件だった月間注文数が、今では60件を下らないんです。若い女性たちがブログやTwitterなどでこけし情報を交換しあっていて、私どもこけし館のイベント情報もあっという間に伝わっていきますね」(山田さん)。
ちなみに現在(3月6日現在)、こけし館オンラインショップで販売中のこけしは、安いもので1,000円以下、高くても数千円程度。一体届くと今度は「ちょっと違う格好のものも欲しいわ」となり、コレクションしたくなるのも納得だ。こけし館で随時開催している絵付けイベントや、季節のこけし展示(ひなこけし、五月人形こけし)もユニークなものばかりで、こけし女子ならずともそそられるものがある。
温泉地として、またこけしの里としても有名な宮城県の鳴子(大崎市)でも話を聞いた。こけしを作る工人であり、こけし店「こけしの菅原屋」の経営者、更に「日本こけし館」館長でもある菅原和平さんは、近年、外国人のこけしファンが増えたのがうれしいと言う。
「毎年9月に鳴子で行われる全国こけし祭りに、毎回欠かさずいらっしゃる外国人夫婦がいます。もっとびっくりしたことには、こけしの研究で大学の博士号を取得したアメリカ人もいるんです」。
ちなみに、全国こけし祭りでは、コンクールに入賞したこけしの他、鳴子の伝統工芸品なども見ることができる。また、人の背丈ほどのこけしが街を練り歩く「こけしパレード」も必見だ。
心配なのは、こけしを作る工人の後継者不足
「若い女性にこけしファンが増えたことや、外国人のコレクターが登場してきたことは、やはり『クールジャパン』という大きな流れの中の現象だと思いますね」。
こけし人気をこう分析するのは、前出の島貫昭彦さん。ゲーム、漫画、アニメといったポップカルチャーだけでなく、日本の伝統工芸品に対しても国際的な評価が高まっている昨今において、こけしも「クールジャパン」の一アイテムとして注目されることに至ったというわけである。
島貫さんは自店のwebサイトをいち早く開設し、こけしの通信販売を業界に先駆けて行った人としても知られる。また、倒れると自動的に点灯する「防災明かりこけし」や、120円の郵便料金で郵送できる「通信こけし」などというユニークなこけしを開発した。
その島貫さんが心配しているのが、こけしを作る東北の工人の数が減っていること。伝統こけしを作る工人は、師匠から技術を継承しなければならない。技術というのは、木材の買い付けや運搬、裁断から、ろくろを回して絵付けするまでの総合的な技術を指す。だから、一人前になるには10年余りの長い時間を要するのだそうだ。簡単に後継者は育てられない。
「ですから、いくらこけしブームで注文が増えても、それに十分に応える供給力が不足しているんです」。ブームがうれしくもあり、将来が不安でもあり、複雑な心境の東北のこけし人たちである。