天に向かって屹立しているのは、三菱電機稲沢製作所のエレベーター試験塔

名古屋駅からJR東海道線に乗り、約10分のところにある「三菱電機稲沢製作所」は、世界約90カ国にエレベーター、エスカレーターを送り出している「昇降機のマザー工場」だ。世界初・世界最高レベルの技術が集結しているという同製作所の全貌を、名古屋在住のライター菅原がお届けしたい。

エレベーター試験塔世界No.3の高さを誇る

JR稲沢駅から車で製作所へ向かう途中、前方にすらりとした白いタワーが。これが話題のエレベーター試験塔「SOLAE(ソラエ)」なのか! ひときわ異彩を放っている、輝くような純白のフォルムのこの棟は、高さ173m。通常のビルだと40階建てに相当する高さだという。また、エレベーター試験塔としては、現在世界第3位の高さだ。

ちなみに、世界第2位は韓国の現代エレベーター(ヒュンダイエレベーター)が2009年に本社内に完成させた「現代峨山(ヒョンデアサン、日本語読み:げんだいがざん)タワー」。そして第1位は日立製作所のエレベーター研究塔「G1TOWER」(2010年竣工)である。

稲沢製作所へ向かう車中から撮影。遠めからもすぐにそれと分かる「ソラエ」の外観

到着するや、今回ガイド役を務めてくださった、三菱電機 中部広報室長の大島明さんが説明してくれた。

「エレベーターの開発実験においては、コンピューターを使ってシミュレーションを行うこともあります。しかし、試験塔で実際にエレベーターを動かしてテストすることで、シミュレーションでは想定しきれない微細なデータまで収集できるのです」とのこと。

では、その昇降機の技術開発・製作の現場とは一体どんなものなのだろう? 早速確かめようではないか! 

安全性のみならず、利用者の心理まで汲み取る

取材に応じてくださったのは、総務課長の増田幸之介さんと総務スタッフの皆さん。「人を運ぶ昇降機なので、もちろん安全であることが最も重要。加えて、近年の高層化、大型化するビルで使用するエレベーターは、様々な要望に対応できるよう進化しています」と増田さん。

取材に応じてくださった増田幸之介さんと総務課の皆さん

分速750m(時速45km)の超高速エレベーターや、2階建て大型エレベーターが昇り降りしているというだけでも驚異的だが、万が一トラブルが起こった場合に、安全に停止させるための態勢も万全だということに拍手を送りたい。「横浜ランドマークタワー」や「新丸の内ビルディング」などの国内建物のみならず、世界の高層ビルディングに多くの納入実績を誇る三菱電機稲沢製作所だからこそ、様々な注文に応えることができるのだろう。

しかし利用客とは、ひたすらワガママなものだ。エレベーター開発者たちがどれほどハードな課題と闘いながら開発を進めてきたのかなど、利用する側は想像することもない。

デパートなどでエレベーターの待ち時間が長いとそれだけでイライラするが、開発者サイドは安全性や快適性に加えて、このような利用客の心理まで考慮して製品開発を進めなければならない。

そこで三菱電機稲沢製作所では、「可変速エレベーターシステム」を独自に開発。乗車率が適度であれば、安全性を保ったまま昇降速度をアップすることができるというこのシステムの開発により、待ち時間が最大15%も減ったという。

10円玉が立ったまま急上昇!!

床に垂直に立てた10円玉も倒れない!?

それに加えてと増田さんは、「現代の高速エレベーターは乗り心地も大切なんです」と言う。乗客になるべく揺れを感じさせることがないよう、日夜研究を重ねてきたのだ。一例として、横浜ランドマークタワー(高さ296m)に設置されている三菱電機のエレベーターは極限まで振動が抑えられているらしく、エレベーターの床にまっすぐに立てた10円玉ですら倒れないという。

開発当時、「10円玉をフロアにまっすぐ立てたまま上昇していくエレベーター」との新聞広告を目にした筆者も、ホントかな?と半信半疑だったものだ。ということもあり、今回特別にマイナビニュース読者のみなさんのためにも、そのエレベーターの昇降を実演で見せてもらった。

案内役の女性は身を屈(かが)めると、なんの変哲もない10円玉を取り出して静かに床に立てた。そしてエレベーターの上昇ボタンをピッと押す。床を凝視している筆者の前で、10円玉は屹立(きつりつ)してピクリとも動かないまま、ゆっくりとエレベーターは上昇し始めたのだ。

上昇している途中、身体に揺れを感じることは全くといっていいほどない。もちろん10円玉はそのまま。上昇していることが唯一分かるのは、タッチパネルに表示される階層を示すローマ数字がすさまじい勢いで上がっていくことだ。そう。あの「10円玉垂直立ち上昇エレベーター」広告は、事実であったのだ。

可変速エレベーターシステムを実演付きで紹介

速度300m/分以上の高速エレベーターには、「アクティブ・ローラーガイド」がつけられているという増田さん。「エレベーターの横揺れを打ち消すアクティブ・ローラーガイドを、世界で初めて開発したのも私たちです。横揺れを乗客にほとんど感じさせないレベルまで、振動を軽減させたのです」。目を見張るべきこの技術は、なんと今から20年前、1993年当時のものだというから驚きだ。

熟練の技術者の手作業も多い。部品は世界へ搬送され現地で組み上げられる

自動化ラインとは別に、エレベーターのカゴやドアの塗装などは熟練技術者が行っている。エレベーターは部品ごとに梱包(こんぽう)して国内や世界へ搬送され、現地で組み立てられるのだ。

世界最速は1,000℃にも耐えられる構造

年々、大型化、高速化する世界のエレベーター市場だが、2014年には、地下2階から地上119階までわずか55秒で到達するというエレベーターが、中国の「上海中心大厦」(地上からの高さは632m)に登場するという。

とはいえ、速さのみにフォーカスして世界記録に挑んでいるのではない。なんせ、摩擦熱1,000℃にも耐えうる非常ブレーキや、揺れを効果的に制御するアクティブ・ローラーガイドなどの精度も、徹底しなければならないのだ。

安全性と快適性を維持しながらの大記録挑戦。それを支え続ける原動力は何なのか? 「世界のいたるところで、私たちが製造したエレベーターが人々の生活を支えているという事実が、モチベーション維持につながっています。そしてそれは私たちの誇りでもあります」。

同社が製作したエレベーターは、今日も世界中の街で稼働している。つまり、あなたが初めて訪れた国で利用するエレベーターが、ここで開発されたものである可能性だってあるということだ。

ライター菅原こころ 1976年生まれ。広告代理店のディレクター職を経て独立。ニッポンの「ものづくり」を敬愛し、技術者や職人たちの取材を続けている。名古屋市在住

「国府宮はだか祭」や「荻須記念美術館」で知られる稲沢市。その市には、世界最高水準の昇降機を作り続ける三菱電機稲沢製作所があることも覚えていてほしい。旅先でエレベーターに乗車した際、それが日本で作られたものであることに気付いて、ちょっと誇らしい気分になれる日が来るかもしれない。