米Wall Street Journal主催で2003年以来毎年行われている「All Things D」カンファレンスが、今年も「D10」の名称で米カリフォルニア州ランチョパロベルデ(Rancho Palos Verdes)にて開催されている。5月29日(現地時間)には米Apple CEOのTim Cook氏が登場し、インタビュー形式でこれまであまり語られることのなかったAppleのこれからや裏話について多くを明かしている。
Tim Cook氏のインタビューの模様は動画や多数の記事により、D10イベントページ内でフォローされているので、そちらを参照してほしい。今回はIna Fried氏がまとめたLive Bloggingの記事を基に同氏インタビューのハイライトを紹介していこう。なお、Cook氏へのインタビューを行っているのは、ともにWall Street Journalの「All Things Digital」でコラムニストとして活躍しているKara Swisher氏とWalt Mossberg氏の2名だ。
iPadとWindows 8
最初の話題はiPad。ご存じ、いまでも驚異的な勢いでセールスが伸びているAppleのヒット商品だが、Cook氏によればiPadは走り始めてまだ2年の若い製品であり、野球でいえば第1イニングの段階に過ぎないという。インタビュアーは"第2イニング"の展開について尋ねるが、Cook氏はこれに対してノーコメントとしている。興味深いのは同氏のiPadの市場におけるポジションの考え方で、「Appleがタブレット市場を作ったわけではない。すでに市場はあり、単に"モダン"なタブレットを作っただけ」だという。またiPadのようなタブレットがPC市場を置き換えるという見方には否定的で、その一方ではPCの置き換え需要に影響を与える可能性については言及している。
Microsoftとのアプローチの違いにも触れており、AppleはPCとタブレットは別の製品であると考えているのに対し、Microsoftはその両者に共通するOSを作る、あるいは両者を1つのものにしようとしている。だがPCの作業をタブレットで行おうとした場合、PCの過去の資産がそれを邪魔する可能性があるという。このあたりはトレードオフの関係であり、iPadがその妥協の結果であるとすれば、「Windows 8は妥協を許さなかったOS」だとライバル製品を評価している。
Appleの企業文化と秘密主義
故Steve Jobs氏の話になると、Cook氏は同氏やAppleから多くを学んだことを述べ、その企業文化を守っていくことが重要だと説明している。Jobs氏がCEO職を譲った際に、Cook氏に対して「正しいと思ったことをやれ」とアドバイスしたとされているが、これが現時点でのCook氏の判断ということだ。またAppleの秘密主義についても触れ、「今後もより強固に秘密主義を推進していく」と念を押している。一方でサプライヤの法令遵守や労働環境などについては、「どこよりも透明性を出していく」という方針を打ち出している。また「これについては他社も積極的にAppleを真似てほしい」との注文もつけている。
Appleは製造拠点の米国回帰を行うのか?
昨今、ドル安政策とともに製造業の米国回帰が進んでいるという話もあるが、米国の政治家たちは同国の代表的メーカーであるAppleに対して「製造拠点を米国に作って雇用を増やすように」と求めている。"メーカー"とはいいつつも、Appleは実質的には"ファブレス"と呼ばれる工場を持たない設計メーカーだ。これについてインタビュアーの1人のSwisher氏が「なぜ中国に自身の工場を持たないのか?」と質問すると、Cook氏は「われわれは10年前に"Appleがベストを尽くすべきこと"と"他者がよりうまくできること"を区別し、決断を下した。"製造"もその決断の1つだ」とコメントしている。また、たびたび問題となる委託工場での「過当労働」については、「より多く働きたい」という1~2年スパンの季節労働者の意向による部分もあり、また多くは法令を遵守しているため、Appleとしては最低限の管理で進めていくつもりだという。
またもう1人のインタビュアーであるMossberg氏が「Appleはかつて米国に工場を持っていたが、再び製造拠点を戻すつもりは?」と尋ねると、Cook氏は「わたしもそうしたい。いつかは」と答えている。だが、これには少々トリックがある。まず同氏の意見として、半導体など重要なピースは米国内で製造されるのが望ましいとしている。実際、iPhoneやiPadの心臓部は米テキサス州オースティンの工場(SamsungのFab)で製造されているし、本体表面のガラスはケンタッキー州で製造されたものだという。だが、Foxconnなどに委託されている製品の最終組み立て工程を含む多くの部品製造の米国移管については否定的な意見で、「Tool and Die」な金型工業は急速に縮小し、もはや米国で行うような産業ではないという見方を示している。「そうしたい」とはいいつつも、可能性は限りなく低いということだろう。
特許紛争について
特許紛争についてCook氏は「Pain in the ass. (非常に苦しいもの)」と表現している。Appleの意見としては「自分たちの描いた絵画作品に他者のクレジットを入れるのを許すほどの度量はない」ということだ。世間一般ではそうでなかったとしても、「他者には自分で自分のものを発明してほしい」とCook氏は述べている。
Mossberg氏が「Appleも他者から特許で訴えられているのでは?」と質問すると、Cook氏はそれを認めつつ、だが事情が違うと補足する。例えばAppleへの訴訟は"基礎特許"と呼ばれるものが中心で、これについてはApple自身も他社を訴えたことはないという。「基礎特許は複数で共有するもので、これを理由にAppleが訴訟を起こしたことはない。だが現在の特許システムは壊れており、実際にこれを理由にした訴訟がいくつも起きている」と現状を評している。実際、SamsungのAppleへの反訴はこれを根拠にしており、Appleの「盗作を許さない」という主張とは異なるということだ。なお、現在両社は裁判所からの和解勧告を受けてトップ会談が予定されているというが、これに関するCook氏のコメントはなかった。
"フルセット"の「Apple TV」は登場するのか?
最近Appleに関する噂でよく耳にするのが、最終出力画面を備えた本当の意味での「Apple TV」の存在だ。話がテレビへと移ると、Cook氏は「テレビは重要な製品。いまだ家庭の中心にある」とコメントしている。現在販売しているボックス型のApple TVの昨年2011年の販売台数は280万台と、大ヒットとは呼べなくとも小ヒットを達成したことを報告しているが、同氏はまだ「Apple TVの完成度は十分ではない」ということも認めている。現状のApple TVはまだ実験的な製品であり、「その先にある何か」を見つけている段階にある。決して"遊びで作った製品"ではないという。
問題は「テレビのスクリーンを備えた"Apple TV"」の可能性だが、これについては否定も肯定もせず、可能性に含みを持たせている。ただCook氏が付け加えるのは「われわれが他の分野に進出するにあたって、"そこで重要な技術が握れるか?"を考えている」という。つまり、テレビのスクリーンセットを出すにしても、そうした"何か"が含まれるかがポイントになるということだ。ありきたりの製品ではないというのが重要なのだろう。
SNSとの連携をさらに強固に
次期iOSやMountain Lionで噂されている新機能の1つにSNSとの連携がある。Cook氏は「現状の製品はFacebookやTwitterとの連携が不完全だがどう考える?」との質問に対して、両者の製品が素晴らしいものであると評価し、今後も共同でそれらとの連携に取り組んでいくとコメントしている。重要なのは「シンプルさ」であり、その点を重視していく意向のようだ。
次期iPhoneでは"Siri"に期待!?
最後のテーマはiPhone 4Sで搭載された新機能「Siri」だ。これについては1つアナウンスメントがあり、「Siriについては数カ月のうちに、いくつか"クールな"アイデアを披露できると思う」とCook氏が語っている。詳細については明らかにしなかったが、今秋発表されると噂される次期iPhoneと、そこに搭載される新iOSでは、Siriがらみの興味深い新機能が搭載され、披露されることになりそうだ。