商標権侵害を理由に中国の複数都市において「iPad」の販売が突如中止され、大きな話題になっている。もともとは中国のある企業が「iPad」の商標権を盾にAppleに損害賠償請求を求めたことが発端だが、現在では米Amazon.comが中国版サイトでiPad販売を中止したり、さらには原告企業が次期「iPad 3」の輸出差し止め請求を行うなど、しだいに事態や行動がエスカレートしつつある。いま中国でAppleに何が起きているのだろうか。
中国における"iPad"の商標権が焦点
この問題については状況が複雑なため、時系列を追って解説していこう。
事件の発端となる「iPad」の商標権は、中国の深センに本社を置く唯冠科技(Proview Technology)という企業が2000年に登録申請を行ったことが複数の報道から伝えられている。ただし、申請年については報道や情報ソースによって「2000年」「2001年」「2004年」とかなり揺らぎがあり、実際のところ「iPadが発表される数年前」といった点以外での信頼性が低い。実際の商標権は唯冠科技の台湾子会社(Proview Electronics)にあたる企業が保有していたとみられ、同社はiPadが発表される前の段階でこの権利を英国のIP Application Developmentという企業に「欧州での"iPad"商標の利用権」とともに売却している。そしてAppleがこの英国知財会社から5万5,000ドルでこれらの商標の権利を買い取り、今日のような形で「iPad」をリリースした形となる。この売買の時期もはっきりしておらず、「2010年」という説もあれば、「2006年」という説もある。ただ2010年初頭にはすでにiPadが発表されていたわけで、おそらくは「Appleがタブレットを開発している」と噂が出ていた2008~2009年より前の段階と考えるのが正しいだろう。
そして問題はここからだ。Appleとしては欧州の「iPad」商標権を入手した段階で「中国および一部アジア地域での"iPad"商標権も取得していた」と考えていたものが、商標権を譲渡した大元である唯冠科技がそれに異議を唱え、2011年10月にAppleに対して「商標権侵害を理由にしたiPad販売の禁止」と「損害賠償請求」を求める訴訟を起こした。Apple側も「譲渡された商標権に中国のものも含まれる」ことを確認する訴えを行ったものの、結局12月の時点で唯冠科技の権利を認める判決が地元深センの裁判所で出され、事実上のAppleの敗訴となった。このあたりの背景は当時のFinancial Postの記事に詳しい。Appleが別会社を経由してProview Taiwanから購入したと思っていた商標権が実は正統なものではなかったということ自体が奇妙なのだが、唯冠科技の主張を認める判決が出た以上、Appleにすでに勝ち目はない状態であり、中国からの撤退または別の名称での販売のいずれかを選択しなければならない。このあたり、中国でのビジネスの難しさを感じさせる出来事だといえる。
なお国営の新華社通信によれば、唯冠科技は深センをはじめとして北京や上海でも次々と「Appleの中国におけるiPad販売の禁止」を確認する裁判を起こしており、すでに北京では同社の訴えを認めてAppleへの罰金判決が出ているほか、地元メディアの話としてAppleに科せられる罰金額は最大で2億元(約3,170万米ドル、約25億円)に上る可能性があることを伝えている。
一部都市では販売禁止、オンラインは自主的取り下げか
こうしたなかで発生したのが、今回の出来事でも最新のものとなる「一部都市での商品販売の禁止措置」だ。判決だけでなく、実際に地元政府が動いて商店での販売を一斉に禁止しているという。新華社通信の続報によれば、最初にiPadの販売が禁止された京市近郊の河北省石家荘市に続き、河南省鄭州市でも同種の措置が執られたという。またNew York Timesの報道によれば、江蘇省徐州市でも同種の命令が発動したようだ。
現時点で販売禁止となっているのはまだ小中規模の都市圏に留まっているが、最初の発禁措置から2日でじわりと地域が拡大しており、今後も続く都市が出てくる可能性がある。だが一方で北京や上海といった大都市では「現在も調査中」としており、強制命令の発動には至っていない。そのため、両都市のApple Storeに訪れる客らは現在Appleと中国の各都市の間で何が起こっているのかを認識できていない可能性があるという。
iPad販売禁止令は地方都市での商店のみならず、オンラインの世界にも忍び寄っている。例えばWall Street Journalによれば、米Amazon.comが中国版での同社サイトからiPadを除外する措置を執ったようだ。だがWSJでは、これはAmazon.comが強制執行で商品を削除させられたというよりも、Apple側からの依頼で自主的に削除した可能性が高いという関係者の話を伝えている。もしこれが本当だとした場合、今後他の中国でのリセラーからも順次商品が消え、最終的に中国のApple StoreからもiPadが(問題解決まで)消える可能性がある。
とうとう「iPadの輸出禁止」を要求?
さらに悪いことに、今回の騒動の中心である唯冠科技が「中国でのiPad販売を禁止する」だけでなく、「中国からのiPadの輸出を禁止する」よう訴訟を起こしたという同社弁護士の話を、英Reutersが伝えている。
ご存じのように、iPadはFoxconnなどの台湾企業に製造が委託されているが、その組み立て工場は深センなど中国国内にあり、実質的に「Made in China」の製品になっている。ゆえに中国からのiPadの輸出を禁じるということは、「世界へのiPad出荷そのものをストップ」させる狙いがあるといえるだろう。現在、3月初旬にスペシャルイベントが開催され、そこから間を置かずして次期「iPad 3」が発売されるという噂が流れているが、唯冠科技の訴訟は明らかに「iPad 3」をターゲットにした「輸出禁止」要求だといえるだろう。Reutersによれば、唯冠科技は100億元(約16億米ドル)規模のAppleへの損害賠償請求を目指しているといわれる。いまや世界トップの時価総額企業になり潤沢なキャッシュを持つことが周知のAppleに対し、話題の新製品リリースを盾に膨大な損害賠償(あるいはそれに準じた和解金)を目当てにした訴訟を起こしているとも考えられる。