高輝度光科学研究センター(JASRI)、東京工業大学、物質・材料研究機構(NIMS)および京都大学の研究グループは、動作の切り替え(スイッチング)の高速化を可能にすると期待される、「ナノドメイン」と呼ばれる微小領域を有する新しい圧電体薄膜が200nsでスイッチング可能であることを確認したと発表した。

今回の成果は、JASRIの坂田修身 客員研究員(兼務:NIMS 中核機能部門 高輝度放射光ステーション長)、東京工業大学大学院 総合理工学研究科 舟窪浩 准教授、山田智明 特任助教(現 名古屋大学大学院 工学研究科 准教授、科学技術振興機構 さきがけ研究者)、京都大学 化学研究所 菅大介 助教らによるもので、科学学術誌「Applied Physics Letters」(オンライン版)に掲載されたほか、「Virtual Journal of Nanoscale Science & Technology」の注目論文として選ばれた。

結晶が外力による圧力に応じて誘電分極を生じる効果を「圧電効果」、電場を結晶に加えることで結晶が歪む効果を「逆圧電効果」と言う。こうした現象を示す結晶や物質は「圧電体」と呼ばれ、これを応用の観点から言い換えると、電気エネルギーを機械的エネルギーに、逆に機械的エネルギーを電気エネルギーに変換するエネルギー変換物質と表現することもでき、ライターの着火石(機械的エネルギーの電気エネルギーへの変換)からプリンタのインクジェットヘッド(電気エネルギーを機械的変位に変換)やデジタルカメラの手ぶれ防止機構(機械的エネルギーの電気エネルギーへの変換)など、さまざまな分野に広く用いられているほか、最近では、自動車のエンジンや高速道路の車の走行による振動、さらには人間の歩行による振動を発電する素子としても注目されている。

大きな圧電性を示す物質では、電圧を加えた時の結晶自身の伸びよりも、ドメインと呼ばれる微小領域の結晶の向きの変化が、圧電性に大きく寄与していることが最近の研究で分かってきていた。しかし、薄膜状の試料では、常に基板に固定されて(クランピング効果)微小領域の結晶の向きの変化が抑制されるため、ドメイン変化は高速に応答できないと考えられてきた。

圧電体膜を心臓部品として用いる圧電MEMSは、精密な位置決めが可能なことや、サイズの小型化が容易なことから、将来のMEMSデバイスの本命と考えられているが、これまで高速に応答することが確認されていなかったため、高速動作させようとすると圧電性は小さくなることが危惧され、多くの用途では適用できないだろうと考えられてきた。

そうした中、ナノドメインと呼ばれる新しい微構造を持つ圧電体膜において、高速で動作する可能性が示唆されるようになり、圧電体膜を用いたMEMSの高速動作の可能性が見出されていた。しかし、実際にナノドメインがどの程度高速に動くかの定量的な確認は行われていなかった。

圧電体薄膜は、電気信号により構造が変化する性質を活かして、インクジェットプリンタで使用されるMEMS素子などの動力源として利用されているが、現在の圧電体薄膜では、スイッチング時間を十分制御できていなかった。高速のスイッチングが実現できれば産業応用への広がりや従来以上に高性能な製品の開発が期待できることから、研究グループでは、大型放射光施設SPring-8の高輝度放射光を用いて圧電体の一種である強誘電体薄膜に高速に電場をかけることで引き起こされるナノドメインの構造変化を調べた結果、ナノドメインの結晶の向きが200nsで変化していることを確認することに成功した。

実験は、標準的な強誘電体かつ圧電体であるチタン酸ジルコン酸鉛Pb(Zr1-xTix)O3から構成され、ナノドメイン構造を有する2層積層薄膜を利用して高速動作の可能性を探索した。SPring-8表面界面構造解析ビームラインBL13XUの、高輝度で数μmに集光した単色パルスX線を、2層積層薄膜上に形成した電極に照射し、薄膜から生じる回折X線強度プロファイルを記録した。

図1 高速ストロボ撮影を可能にした測定システム(数μmに集光した高輝度X線を電極上に集光し、回折X線強度と電圧印加しながら電気分極とを数10nsの時間分解で同時に測定できるシステムを構築し、それを用いた。今回の測定では、200ns幅のパルス電圧を1回印加した後、回折プロファイルを記録。次にパルス幅を少し長くした電圧を1回印加した後、回折プロファイルを記録することを順次繰り返した)

具体的には、あるパルス電圧を1回印加した後、回折プロファイルを記録した。次にパルス幅を少し長くした電圧を1回印加した後、回折プロファイルを記録した。このように順次、印加電圧のパルス幅を大きくして測定を繰り返した。この手法は印加電圧によって誘起される薄膜試料内の微小領域の結晶の向きを測定可能にするX線回折測定の高速ストロボ撮影といえるもので、この結果、薄膜試料内の微小領域の結晶の向きが印加電圧の幅によってどのように変化するかが判明したという。

図2 薄膜試料からのX線回折強度プロファイルの高速変化。(0 0 1)と(1 0 0)の回折ピークは薄膜試料中の微小領域の結晶の異なる向きにそれぞれ対応している。パルス電圧の幅が200nsの場合に2つの回折ピーク強度プロファイルの変化を観察できた。これが微小領域の結晶の向きの高速変化を実証するものとなる

今回の成果は、大きな圧電性が高速に応答可能なことでインクジェット技術の向上による、高速化、消費インク量の低減、微細なパターニングのほか、燃料の使用効率を向上させる自動車用エンジン用フュエル・インジェクタ(燃料噴射装置)の高効率化が図れるようになり、高効率で排ガスの少ないエンジンの開発へつながる可能性や、電圧の印加に限らず、機械的応力を加えた時の圧電体の変化の測定も可能になることから、高温、高圧で動作する発電所、自動車のエンジンといった内部のモニタ向け高精度応答圧力センサなどの開発にも応用できるという。

また、一般的な圧電体は鉛を重さで50%以上含有する物質が多く用いられており、環境への配慮から非鉛圧電体の開発が強く求められており、今回の成果を活用することで、圧電性発現機構を時間分解で測定する方法が確立されたにより、次世代の非鉛圧電体材料の開発を加速することが期待できるという。

さらに、圧電体の評価では、電圧を加えたときの結晶の変形と微構造の変化を同時に測定することが不可欠だが、今回の成果により電圧を加えたときの圧電応答の機構が時間を追って観察することが可能となったほか、強誘電体メモリの評価にも適用できるという。加えて、圧電体以外にも、外部刺激によって、結晶構造や微構造の変化が起きる相変化メモリなどの時間分解測定観察にも有効であると期待できると研究グループでは説明している。