Samsungの最高のコマーシャルとSamsungの最悪の製品

製品はひどいが、Galaxy Gearのコマーシャルは輝いている

よくも悪くもないGalaxy Gear、Samsungが作った広告はスゴい

Samsungが先週末に米国でGALAXY GearのCMをデビューさせた。こんなに絶賛されるコマーシャルはスーパーボウルCMでもなかなかないが、それに加えて「でも、製品は……」という論調の記事がこんなに揃うのも珍しい。それぐらい、たくさんの人が同じような印象を覚えたのだろう。

ディック・トレーシー、宇宙家族ジェットソン、原始家族フリントストーン、スタートレック、ナイトライダー、プレデター、ジャイアントロボやパワーレンジャーなどに登場した想像上の時計が次々に画面に現れる。筆者も49ersの試合中継の時に目にして「おっ!」と思った。たしかに、スマートウオッチのCMとしては素晴らしい。タイトルは「Evolution (進化)」と「A Long Time Coming (待ち遠しい)」だ。でも、「これGALAXY GearのCMなんだよな」と思って見ていたら、やっぱり最後にGearが登場して、締めは「The Next Big Thing is Here」。「なんだかなぁ……」という気分になってしまった。

米国でAT&Tが10月4日にGALAXY Gearの販売を開始し、同じタイミングでGearの製品レビューが次々に公開され始めた。デバイスを使い込んできちんと評価するテクノロジー媒体のレビューにはネガティブな反応が多い。

例えば、Ars Technicaのレビュー記事は「Death by incompatibility」(不適合による死)、The Vergeは「The perfect companion for your life companion?」(あなたの生活のパーフェクトコンパニオンか?)である。「対応デバイスが限られる」「デザインがちょっと……」「高い」「アプリのエコシステムの展望が見えない」など指摘を受けた改善点は色々だが、レビュワーの最大の不満は「私たちの生活を一変させるほどではない」という点であるようだ。それは逆に好意的なレビューがGALAXY Note 3のコンパニオンデバイスとしての評価であることにも現れている。GALAXY Note 3を便利に使うという目的なら、Gearは優れた仕事をする。完成度も高そうだ。でも、それは優れたアクセサリの1つという評価に過ぎない。いまテクノロジー媒体の記者やアナリスト、ユーザーも含めて、たくさんの人がスマートウオッチやウエアラブルデバイスに期待しているのは初代iPhoneのようなサプライズなのだ。

初代iPhoneは携帯電話としては未熟だった。未来の携帯電話ではなく、それまでの携帯電話とは違うスマートフォンの可能性を垣間見せるようなデバイスでしかなかった。使っていて不満も多々あったし、使いづらいと思うことも多かった。でも、ユーザーインタフェースやコンテンツに指で触れる操作は衝撃的だったし、デスクトップ向けだったインターネット技術を携帯電話で持ち歩ける便利さは目からうろこだった。未熟な製品だったけど、ユーザーは未来のモバイルライフスタイルの片鱗を体験できた。私たちの生活をより便利なものに変えてくれそうな予感に、たくさんの人がiPhoneに熱中したのだ。

GALAXY Gearの2つのCMは、Gearが私たちに未来のライフスタイルを体験させてくれると思わせる。ところが、Gearは今のGALAXYの優れたコンパニオンでしかない。皮肉なことにスマートウオッチをよく表現した素晴らしい出来のCMが、Gearの良い点ではなく、残念な点を目立たせる結果になってしまっている。

GALAXY GearのCMは、2007年にAppleがiPhoneを発売した時のCM「Hello」の模倣だという人もいる。「Hello」は、電話で「Hello」と話す映画のシーンをつなぎ合わせて最後にiPhoneが登場する。たしかに映画・TVのシーンを使っているという点では共通しているが、それは表面的なもので、iPhoneとGearのCMは本質的にまったく異なる。

「Hello」に出てくるのはダイヤル式やプッシュ式の電話、電話ボックス、フィーチャーフォンなど。長く変化しなかった電話であり、その後に登場するiPhoneに、見ている人は違いや変化を感じる。GALAXY GearのCMは想像の世界が続いてGearで現実に戻る。現実が想像に肩を並べていれば良いが、実際はGearで想像が現実になったというほどではない。Macworld 2007の基調講演でAppleがiPhoneを発表した時、Appleは無骨で小さなボタンのQWERTYキーボードを備えたそれまでのスマートフォンを見せた上でiPhoneを披露した。もし「2001年宇宙の旅」に出てきていた想像上のタブレットを見せて「ついに現実になりました」としていたら、初代iPhoneを手にした人はあれほど盛り上がらなかったと思う。

2007年にiPhoneを発表した時、AppleはBlackBerryやTreoなどすでに存在したスマートフォンと比較しながらiPhoneを紹介した。iPhoneより前にスマートフォンは存在したが、iPhoneが初めて誰でも使える身近なスマートフォン、本物のモバイルWebを実現した

SamsungのCMに対する反応は、スマートウオッチやウエアラブルデバイスに対する人々の期待の大きさ、それが変化を求める声であることを示すものになった。これからウエアラブルデバイスを世に送り出すメーカーは、目の前の高いハードルをいかに乗り越えるかを考えなければならない。SamsungはGALAXY GearでAppleに先んじようとしたのだと思うが、残念ながらAppleが発表会において「時代遅れのウエアラブルデバイス」として比較できるようなネタを提供してしまった形だ。

そのAppleもTim Cook体制になってから製品発表会のたびに「サプライズに乏しい」「予想通りだった」と言われ続けている。最近はそれが株価下落の要因になっており、もしAppleがウエアラブルデバイスを投入するなら、人々はそれで同社に革新を起こす力が残っているかを見極めようとするだろう。Samsungと同じ轍を踏むようなことになれば、はなはだしい痛手を負うことになる。