自分の手で摘んだお茶を飲んでみたい

いつもさまざまな農業体験をさせてもらっている「あしがら農の会」が、毎年茶摘みを行っていることは以前から知っていた。自分で摘んだお茶ならさぞかしおいしいんだろうなあ、と思っていたので、2008年は5月5日と7日に開催されるという情報をキャッチした時は、すぐに参加を決めた。

「あしがら農の会」で今回の茶摘みをとりまとめている下川宏さんに申し込んだのは、4月下旬のこと。実は締め切りを少し過ぎていたようだったが、ギリギリセーフで何とか7日のメンバーに加わることができた。とはいっても平日なので、娘は小学校、かみさんは仕事。我が家からは、ぼくひとりだけが参加することになった。

茶摘みが行われる場所は、小田原市久野の坊所公民館近く。久野は昔から茶の栽培が盛んなエリアで、今でも巨大カマボコのような形をした畝の並ぶ茶畑が点在している。 集合時間の8時に訪れると、もうすでにたくさんの参加者たちがおそらく茶畑があるらしき方角へぞろぞろと歩いていた。ぼくも指定の場所に車を置いてから、長靴に履き替えて、彼らのあとを追った。

のどかな田園風景が広がる久野地区は製茶工場が3軒あるほどのお茶どころ

一度は山になった茶畑が見事に復活

県道から谷へ降りて、のどかな田園地帯を通り過ぎ、小川にかかる橋を渡ると、もうそこが茶畑だった。山裾の斜面に例のカマボコ型の畝が連なっている。この形に刈り揃えることで、茶葉は太陽の光をまんべんなく浴びるだろうし、通気性が高まるから病気にもなりにくそうだ。もちろん、茶摘みにも適したデザインなのだろう。

茶畑の入口で参加受付を済ませ、ぼくの担当する畝の場所を教えてもらう。カマボコ型の茂みに近づいてみると、その表面には、陽光を浴びて輝く新芽がびっしりと生えていた。一枚摘んで、かじってみる。青い香りとほんのりとした苦みが口の中いっぱいに広がった。これが、お茶の葉なのか。

一番茶の後、夏に二番茶の新芽が出るが、「あしがら農の会」で摘むのは最もおいしい一番茶のみ

写真手前の笹村さんご夫婦は大のお茶好き。毎年、1年分のお茶を摘んでいる

なだらかな傾斜地に広がる上下2段の茶畑は、かつて3年間ほど放置されていた時期があったという。その土地を持っていた農家が、採算の合わないお茶栽培をやめてしまったらしい。それから3年後、たまたまその地主から近くの田んぼを借りて、稲作をはじめたのが「あしがら農の会」の笹村出さんだった。

「そのころのお茶畑は、ほとんどかつての山のような状態に戻っていました。高さ3mくらいの木がたくさん生えていて、ある時に誰かが『この木はお茶の木じゃないか』と言い出したんです。ちょうど新芽の季節だったので摘んでみると、たしかに茶葉でした。製茶工場に問い合わせたら、生茶葉が60kgあれば製茶できると言われたので、みんなで60kg分を摘んでお茶にしてみたところ、これがとてもおいしかったんですよ。それならば、と荒れ果てたお茶畑に手を入れて、復活させたんです」

一度ダメになったお茶畑は元の状態に戻せない、という業界の常識を、笹村さんたちは覆した。上下2段からなる約1反5瀬(約1,500平方メートル)の美しい茶畑が見事に蘇った。 「でも面白いことに、最初に摘んだお茶が一番おいしかったんですよね」と笹村さんは笑う。最初の摘んだお茶とは、畑が荒れ果てて高さ3mくらいにのびていたお茶のことだ。なぜ?

笹村さんによれば、一般に高級茶を栽培するときは、お茶の木を刈り込んでカマボコ型の畝にするのではなく、あえて背を高くするそうだ。摘み取る手間は大変だが、数少ない新芽に栄養がたっぷり詰まっているから、それを集めた方がおいしい茶になる、という考え方らしい。なるほど。

そうして復活したお茶畑で、「農の会」の茶摘みが行われるようになって約10年。このお茶畑では、長らく農薬や化学肥料が使われていたので、残留農薬が消え失せ、お茶の木の細胞が新しく入れ替わるまでに3年ほどかかった。

意外なことに、お茶ほど手のかからない農作物はないという。実際、「農の会」がお茶畑の面倒を見るのは、2008年の場合、全部で5日のみ。5~8月に毎月1回ずつ草取り、8月に肥料となる鶏糞撒き、10月に草取りと刈り込み、それだけだ。しかも、お茶は永年作物なので、40~50年に渡って葉を収穫することができる。茶摘みの手間さえ厭わなければ、あとはいいことづくめではないか。

茶葉は収穫時期が1週間ずれただけで、葉の厚みや風味が変わってしまう

6kgの生茶葉を摘むと、1.2kgのお茶になる

「農の会」のイベントは営利目的ではないので、茶摘みのこともまったく宣伝していない。それでもクチコミだけで、お茶好きの輪が年々じわじわと広がり、今年は2日間で約65グループが参加した。

茶摘み参加者は、グループごとに担当区画を割り当てられる。長さ6mの畝から、生茶葉6kgを摘みとるのがノルマ。コンテナに入れると1杯2kgになるので、コンテナ3つ分という見当だ。

この生茶葉6kgを工場で製茶すると1.2kgのお茶が出来上がり、参加者はそれを3,000円で購入する仕組み。つまり、1グループ3名ならば、分け前はひとり400g(1,000円)ということになる。

例えば6人グループで、それなりの量を欲しい場合は「6人で1区画」ではなく「2人ずつ3区画」で申し込めば、ひとり600g(1,500円)受け取ることができる。摘み足りない人は、生茶葉2kg(1,000円)単位で追加購入するのもアリだ。

ちなみに今回のような手摘みの一番茶(八十八夜のころに初めて摘むお茶)は、100gあたり2,000円という店頭価格も珍しくないという。働けば働いた分だけ、おいしいお茶が手頃な価格で手に入るのだから、それもまたモチベーションのひとつになる。

茶畑の入口に設けられた受付。すぐ隣は、茶葉はかりコーナー

というわけで、いよいよ茶摘みスタートとなるわけだが、その現場レポートはまた来週。すぐに終わると思っていた茶摘みが、実際はどれほど大変だったかを、言い訳と泣き言を交えながら、じっくりとお伝えしよう。お楽しみに。

今回の茶摘みを担当した下川宏さん。楽くん(1歳)もパパをサポート!?