連載『経済ニュースの"ここがツボ"』では、日本経済新聞記者、編集委員を経てテレビ東京経済部長、テレビ東京アメリカ社長などを歴任、「ワールドビジネスサテライト(WBS)」など数多くの経済番組のコメンテーターやプロデューサーとして活躍、現在大阪経済大学客員教授の岡田 晃(おかだ あきら)氏が、旬の経済ニュースを解説しながら、「経済ニュースを見る視点」を皆さんとともに考えていきます。
ギリシャの「デフォルト(債務不履行)」、「ユーロ離脱」のリスク高まる
ギリシャ問題を話し合うため、先週のユーロ圏財務相会合とEU首脳会議に続いて、16日には再びユーロ圏財務相会合が開かれましたが、ギリシャとEU側との隔たりは依然大きく会合は決裂しました。EU側は2月末で終了する現行の金融支援の延長を主張しましたが、ギリシャは財政緊縮の継続を前提とした延長は受け入れられないと拒否したそうです。合意の見通しは今のところ立っておらず、このままでは期限切れに間に合わない可能性が高くなってきました。
ギリシャのデフォルト(債務不履行)、ユーロ離脱のリスクは従来より高まってきました。
特に気がかりなのが、ギリシャとEU側、特にドイツとの対立が以前より一段と大きくなっていることです。報道によると、ギリシャの新政権はかつてのナチスによる第2次世界大戦の戦時賠償として110億ユーロ(約1兆5000億円)を請求しているそうです。チプラス首相などの言動を見ていると、ドイツとの「対立」を通り越して「敵意」さえ感じます。「歴史認識」の問題を蒸し返して対立をあおるばかりで、まともに支援の合意を取り付けようとする姿勢には見えません。
「我々はメルケル(独首相)の植民地ではない!」
先日、テレビでギリシャのデモのニュースを放送していましたが、デモ隊の中に「我々はメルケル(独首相)の植民地ではない!」と英語で書いたプラカードがありました。一般国民の間にも反ドイツ感情が高まっていることがうかがえます。
これに対してドイツ側は「脅迫されてギリシャを救済することはない」(ショイブレ財務相)と反発を強めており、ギリシャを突き放すような発言も出始めています。今後の情勢はギリシャ自身は当然ですが、ドイツの対応がカギを握っていることは確かです。
実はもう一つ、隠れたカギを握っている国があります。それはロシアです。ギリシャ新政権がロシアに接近する姿勢を見せていることは以前に書きましたが、ドイツへの反発が高まっているのと入れ替わるような形です。当初は、ギリシャの新政権がロシアへの接近をにおわせてEUとの交渉を有利に進めようというねらいかと思ったのですが、その後の様子を見ていると必ずしも駆け引きだけとは言えなくなってきました。ロシアもその間隙をぬってギリシャへの接近を図っているようです。
NATOに加盟する西側の最前線の国でありながら、国内政治は左派が強い歴史
このような展開になってきたギリシャ情勢を理解するには、同国の政治的背景にも目を向ける必要があります。
この連載でこれまでも指摘してきましたが、ギリシャは欧州にとって地政学的に重要な位置にあります。そのため東西冷戦時代には、1952年にNATO(北大西洋条約機構)に加盟し、対ソ連戦略の最前線としての役割を担っていました。
しかしその後、軍事政権時代を経て、1980年代以降は社会主義政権が誕生しました。当時の首相は親ソ派で有名でした。以来、長年にわたって中道左派の全ギリシャ社会主義運動(PASOK)と中道右派の新民主主義党(ND)という2大政党のどちらか、またはその連立の政権が続きました。NATOに加盟する西側の最前線の国でありながら、国内政治は左派が強いという独特の政治的な風土が形成されてきたわけです。
このような政治的な経過と社会主義的な政策の中で、公的部門が膨れ上がり公務員が増え続けました。労働組合が強くなり、効率の悪い経済構造が出来上がりました。これがギリシャ危機の背景の一つでもあるのです。
実はギリシャはかつては海運・造船が基幹産業でした。余談ですが、あのケネディ米大統領の未亡人となったジャクリーン・ケネディーの再婚相手、オナシスはギリシャの海運王と呼ばれた大富豪でした。それほどギリシャの海運業は隆盛をきわめていたわけです。ギリシャはちょうどアジア方面からスエズ運河を通って地中海を経て欧州各国に向かう中継点に当たり、多くの貨物船でギリシャの港はにぎわっていました。
ところが港湾労働者のスト頻発や港湾業務の効率の悪さなどのため、船主がギリシャへの寄稿を敬遠するようになり、海運は衰退していきました。その結果、今では有力な基幹産業が見当たらず、これが経済再建をより一層難しくしているのです。
「反ユーロ」「親ロシア」にはギリシャの歴史的な"伝統"
このような歴史を振り返ると、現在のギリシャにもその歴史的な"伝統"が表れていると言えます。正真正銘の左派政権の下で、EUとユーロの一員でありながら「反ユーロ」の動きを見せ、その一方でロシアに接近する構えも見せているわけです。
そのロシアもギリシャ左派政権に接近しようとしています。ウクライナでは停戦で合意しましたが、「強いロシア復活」をめざすプーチン大統領にとってウクライナを影響下に置き続けたいところでしょう。そんな中でギリシャとよしみを通じることができれば欧州戦略を有利に展開できることになるでしょう。
西欧側としてはなんとしてもそれは阻止しなければなりません。そしてその中心となるのは、やはりドイツです。ギリシャ問題でも知恵を出して解決への糸口を見つけられるかどうか、2月末まで正念場が続きそうです。
執筆者プロフィール : 岡田 晃(おかだ あきら)
1971年慶應義塾大学経済学部卒業、日本経済新聞入社。記者、編集委員を経て、1991年にテレビ東京に異動。経済部長、テレビ東京アメリカ社長、理事・解説委員長などを歴任。「ワールドビジネスサテライト(WBS)」など数多くの経済番組のコメンテーターやプロデューサーをつとめた。2006年テレビ東京を退職、大阪経済大学客員教授に就任。現在は同大学で教鞭をとりながら経済評論家として活動中。MXテレビ「東京マーケットワイド」に出演。