今回のテーマは4K・8Kである。

まず4Kが何かよくわからないのに、いきなり倍にされたということに驚きを隠せない。私が特に情弱というのもあるだろうが、「誰もお前についてきてないぞ」と言っておきたい。

「K」を推理する

IT用語だということはわかっているが、Kと言われたら末端労働者として「キツイ」「汚い」「危険」の労働の3Kを思い出してしまう。

漫画家は3Kじゃないだろうと思われるかもしれないが、肉体的にキツいのは言わずもがな、経済的不安定さで言えば地上5億メートルの高さで仕事するより危険だし、私の使っているパソコンのキーボードは便器よりも汚い。立派な3Kである。

もうその3つだけで十分なのに、もう1K足すなんて鬼なのだろうか。さらに8Kまで増やすなど鬼畜の所業か、という話であり、そう言って来た相手を4K(KILL)、それでも足りなきゃ8Kする勢いだ。

それか、Kはいわゆるゴールデンボールの頭文字なのだろう。つまり4Kはそれが4個あるという状態である。突然小学三年生以下のことを言い出したなと思ったかもしれないが、誰もが知っている大人気漫画「ジョジョの奇妙な冒険」シリーズの最新作「ジョジョリオン」の主人公は4Kという設定なのだ。私がそういう幻覚を見たというわけではなく、本当にそうなので未読の方は確認して欲しい。もちろん、このジョジョリオンも売れている。それは主人公が4Kだからというだけではないだろうが、重要な要素ではあるだろう。

では私のような木っ端作家が安易に「倍にすればもっと売れるはずだ」とボールが8つある主人公の漫画を出せば売れるかというと、そんなことはない。パクりの上に売れないという結果になってしまうだろう。 つまり「数が多ければ良いわけではない」ということなのだが、これは玉に限った話ではなく、実際の4K・8Kでもいえることである。

4K・8K画質で見るモノは

もうKと言ったら金色の玉のこととしか思えなくなっているかもしれないが、4K・8Kというのはテレビなどの画面の画素数のことを示す。最近のテレビの画面は横1920×縦1080ピクセル(フルHD)が主流だが、4Kテレビは縦横共に2倍の3840×2160ピクセル、8Kテレビは4倍の7680×4320である。

Kは残念ながら「キツい・汚い」でも男性の大切なボールのことでもなく「キロ(1000を表すSI接頭辞)」で、横の画素数がおよそ4000なので4K、同様に8Kはだいたい8000なのでそのように言われている。

数字で言われてもピンとこないだろうが、とにかく普通のテレビより4K、そして8Kの方が鮮明な画面ということだ。確かにテレビは白黒よりはカラーの方がいいし、映っているのが女優だか玄武岩だかはっきりしない、というよりは、はっきりと玄武岩だとわかるぐらい鮮明な方がいい。

だが、今以上に見えた方がいいかと言うと、「そこまで見えなくていいよ」という意見も出てくるのだ。

端的に言うなら、「笑点メンバー全員の肌の質感まで把握したいか」という話である。大喜利を楽しむには「今、円楽がおもしろいこと言って座布団が5枚に増えた」ということがわかれば十分だ。むしろ「小遊三、割と肌綺麗…」などという要らぬ情報で気が散り、番組自体が楽しめなくなる恐れがある。

また、はっきり見えた方が嬉しいアイドルや女優でさえも、4Kレベルの描画力になると、通常のテレビでは見えなかったシミやシワが見えて萎える、という話も聞いたことがある。アイドルでさえそうなのだから、仮に私が8Kのテレビに映ったら、逆にグロ画像としてモザイクが必要になり、やたら鮮明なモザイクを放映する羽目になるかもしれない。

そうなるともう、8Kテレビでの鑑賞に堪え得るものは大自然とかの美しい風景だけになってしまい、「世界の車窓専用テレビ」と化してしまうだろう。性能が良すぎるあまり、使い道がかえって限定されてしまうように思う。

少し前に話題になった3Dテレビがイマイチ普及していないのも、消費者が「別に映像が飛び出す必要はない」と感じているからではないだろうか。技術はこれからもどんどん進化していくだろうが、それがユーザーの求めているものかというと、それはまた別の話である

確かにぼんやりとしたセクシーDVDを見ているときは「もっとはっきり見せてくれ」と思うかもしれないが、実際8Kテレビかつ無修正映像でそれを見たら大興奮するかと言うと、あまりに何もかも見えすぎていて、逆に正座になって教育テレビを見ているときぐらい真顔になってしまうような気がしてならない。はっきりさせることによって「わび・さび」がなくなってしまうこともあるのだ。

画素数もタマも、数が多ければいいというわけではない。これは全てに通じる話である。


<作者プロフィール>
カレー沢薫
漫画家・コラムニスト。1982年生まれ。会社員として働きながら二足のわらじで執筆活動を行う。デビュー作「クレムリン」(2009年)以降、「国家の猫ムラヤマ」、「バイトのコーメイくん」、「アンモラル・カスタマイズZ」(いずれも2012年)、「ニコニコはんしょくアクマ」(2013年)、「やわらかい。課長起田総司」(2015年)、「ねこもくわない」(2016年)。コラム集「負ける技術」(2014年、文庫版2015年)、Web連載漫画「ヤリへん」(2015年~)、コラム集「ブス図鑑」(2016年)など切れ味鋭い作品を次々と生み出す。本連載を文庫化した「もっと負ける技術 カレー沢薫の日常と退廃」は、講談社文庫より絶賛発売中。

「兼業まんがクリエイター・カレー沢薫の日常と退廃」、次回は2016年12月13日(火)掲載予定です。