今回のテーマは「ファビコン」である。

今までのアルファベット用語に比べればずいぶん親しみを覚える言葉である。何せ、ファミコンと一字違いだ。

しかし、これが次世代ゲーム機の話につながるとは思えない。もし仮にそうだとしたら、それこそXとかBとかOとかまたXとか、しゃらくさいアルファベットの羅列が来るだろうし、なおかつ日本ではコケたりするはずである。

だとすると、「ファビコン」は「ファビータコンプレックス」の略、これ一択である。ファビータが何かはわからないが、何せ新用語だ。従来とは一線を画する新しい性癖に違いない。

一目瞭然でわかる「ファビコン」

favicon(ファビコン) Webサイトのシンボルマーク・イメージとして配置 されるアイコンのこと。名称の由来は、favorite icon(フェイバリット・アイコン)という英語の語句を縮約したものから。

次世代性癖はどうした。人間のフェティシズムはそんなに底の浅いモノじゃないだろう、諦めんなよ。今でも新しい惑星が発見され続けているように、未だ誰も到達していない興奮がそこにあるはずだ。探そうぜ、見つけようぜ、俺たちのドラゴンボール(何かの隠語)、と思わず何かを鼓舞したくなってしまったが、今回のテーマは、理解できないところがないのが良い。何せ一目瞭然だからだ。

今このコラムをPCで見ている人は、アドレスバーの上のタブを見てみるといい。「兼業まんがクリエイター」ではじまるこのコラムのタイトルの左横に、白い四角に水色のマイナビのロゴが入ったアイコンが表示されているだろう。それがファビコンだ。

他にも、Googleのページを開いていいたら「G」のロゴのアイコンが入るし、「D」だったらDMMだ。そして、そのDが赤かったらドスケベの方のDMMなので、ドスケベをカムフラージュするために、読む気もないマイナビニュースのページを開いている、というところまで推察できる。

ただそれだけ、でも重要なファビコン

実にシンプルだが、それだけか、と言われればそれだけだし、わかりやすい分、全く話が広がらない。しかし、ただそれだけであるファビコンだが、実に重要なものでもある。

確かに、平素タブ上にある極小アイコンなど注意して見ることはない。現に、セクシーな方のDMMのロゴマークが赤いということに気付いたのもついさっき、上の段落を書くためにタブを見た時だ。おそらくファビコンというテーマが来なかったら一生気づかなかっただろう。今までで一番このコラムが役に立った。

しかし、意識して見ることはなくても目には入るので、いつの間にか企業のロゴマークを覚えてしまっている。よって、町中でマイナビや他の出版社のロゴを見かけると、それが何であるか思い出す前に、反射的に舌打ちが出るのだ。

理解されづらいデザインのすごさ

つまりロゴマークというのはとても重要なのである。何せファビコンぐらい小さくされてもその企業だとわかるもので、かつ見る者に印象を与えなければいけないからだ。

最近、ロゴなどのデザイン料が高いだの安いだのの論争があったようだ。我々漫画家の仕事も舐められることがないとは言わないが、デザイナーほどペロペロされてはいないと思う。同じクリエイターでも、デザインのすごさというのはなかなか理解されづらいものがある。

例えば、綿密でリアルな絵を描けば、そのすごさは素人目にもわかるだろうが、デザインはゴチャゴチャ描けばよいと言うものではない。そんな風に作ったロゴをファビコンにしたら、全部つぶれてしまう。だから、引き算に引き算を重ねた、シンプルな物が良い場合がある。しかしシンプルであるが故に、誰でもできる仕事だと勘違いされてしまうのだ。

漫画よりもよほど一発勝負なデザインの世界

だが、あれは正直、誰でもできるものではない。私もグラフィックデザインの専門学校でロゴデザインをやったが、見た目がダサいのもさることながら、「説明くせえ」とよく言われた。ニンジンが「YASAI」と書かれたTシャツを着ているが如きマークばかり作っていたのだ。その点、マイナビのロゴマークなんかは1ミリも「マイナビ」とは読めないが、間違いなくマイナビのマークなのである。

それに、漫画だったら1ページ目にノリと勢いで描いてしまった主人公の不可解な行動を、残り全ぺージ使って長々説明することができるが、デザインはそれができない。マーク一つで相手を納得させなければいけないのだ。

さらに、漫画であれば新しく出したキャラがコケた場合、そいつは早々に退場させて新キャラを出すことができるが、デザインの場合は「あいつは四天王の中でも最弱のロゴマーク」ということにして、第二、第三のマークを繰り出すということはできない。少なくとも10年くらいは、最弱のロゴマークを使うことになるのだ。このように漫画よりもよほど一発勝負、かつ言い訳のきかない厳しい世界なのである。

しかし、私がこう思うのも、自分がデザインをやったことがあるからだ。あの時ロゴのデザインをやっていなかったら、私も「このぐらい自分でできる」と思っていたかもしれない。何事も、難しさというのは自分でやってみないとわからないものだ。

それがわかっただけでも、親の金と二年の月日をドブに捨てて、デザイン学校に通って良かったと思う。


<作者プロフィール>
カレー沢薫
漫画家・コラムニスト。1982年生まれ。会社員として働きながら二足のわらじで執筆活動を行う。デビュー作「クレムリン」(2009年)以降、「国家の猫ムラヤマ」、「バイトのコーメイくん」、「アンモラル・カスタマイズZ」(いずれも2012年)、「ニコニコはんしょくアクマ」(2013年)、「やわらかい。課長起田総司」(2015年)、「ねこもくわない」(2016年)。コラム集「負ける技術」(2014年、文庫版2015年)、Web連載漫画「ヤリへん」(2015年~)など切れ味鋭い作品を次々と生み出す。本連載を文庫化した「もっと負ける技術 カレー沢薫の日常と退廃」は、講談社文庫より絶賛発売中。

「兼業まんがクリエイター・カレー沢薫の日常と退廃」、次回は2016年10月11日(火)掲載予定です。