既報の通り、Dialog Semiconductorは8月25日、TSMCのGaN on Siを採用した「SmartGaN DA8801」を発表した。この発表に先立ち同社は日本でも説明会を開催したので、それを踏まえ、内容を少し細かく説明したいと思う。
同社は元々はドイツの企業であるが、2009年に本社をイギリスに移転しており、上場はフランクフルトのままというちょっと面白い構成になっている(Photo04)。主要な製品は「PMIC」、「Connectivity」、「Audio」、「Lighting」、「Sensors」、「Power Conversion」と多岐にわたるが、今回説明があったのはこのうちのPMICである。このPMICは同社が2006年以来手がけているもので、特にスマートフォンでのシェアは高いとする(Photo05)。
Photo04:2011年~2012年は業界全体が不況に陥って売り上げを減らしたところが少なくないが、スマートフォンの台数が爆発的に伸び、これ向けのPMICの出荷の伸びのお陰で成長を維持できたとしている |
Photo05:汎用というより特定顧客向け専用システムを大量に用意するというイメージである |
ただしそのスマートフォン向けも、年々要望が厳しくなっており、これに向けてより効率の高い製品が望まれている(Photo06)。ちなみにSub PMICは、特に大電力が必要になる用途向けに使われるそうだ。PMICも、下はIoT向けのマイコンから上はサーバまで幅広く利用されているわけだが、同社がターゲットにしているのは主にスマートフォンの市場である(Photo07)。
Photo06:バッテリ容量の増加率は鈍い一方で、消費電力は減る傾向が乏しく、おまけに急速充電への要望が(特に中国で)高いとか。ということで、とりあえずより効率を高めることが求められている |
Photo07:Configurable PMICの一例は、同社が2009年に発表したDA9052だろうか |
その同社が提供する今回の新製品は、最初にACアダプタをターゲットにしたものとなる(Photo08)。理由はいくつか考えられるが、コモディティな製品であるから出荷数量が見込める(主要なスマートフォンは必ずACアダプタが付属するため、それだけでも相当な数になる)から、ここで差別化が出来ればかなりの売り上げになる。もう1つは、最初から従来のPMIC製品のようにフルカスタマイズをターゲットにするにはまだ技術的に熟していないということもあるだろう。また後述するように、GaNのメリットをフルに生かすには、スマートフォンの上のPMICよりもACアダプタの方がメリットを謳いやすいという事情もあるのだろう。ではGaNで何がうれしいかといえば、1つは高耐圧であるが、同社のSmartGaNではスイッチング速度を上げた時に効率が落ちない点が大きなメリットだ、としている(Photo09)。
スイッチング電源の場合、応答性をあげるためにはスイッチング周波数を上げた方が有利である。また外付けのインダクタやコンデンサのサイズも小さく出来る。その一方でSiベースのスイッチだと、周波数を上げると急速に効率が悪化する。そのため通常は効率と要求のバランスをとりながらスイッチング周波数を決定することになるが、これをGaNに変更することでスイッチング周波数を上げても効率の悪化を最小限に抑えることが出来る。結果、従来よりも高いスイッチング周波数で動作させることで、インダクタやコンデンサの小型化が図れるという訳だ。この結果として、従来の45WクラスのACアダプタを、25WクラスのACアダプタサイズに収めることが出来るようになった、としている(Photo10)。
ただGaNを使ったACアダプタは他に例がないという訳ではない。実際、2015年12月には富士通研究所がGaN-HEMTを利用したACアダプタを開発したことを発表している。では何が差別化要因になるかといえば、1つは他社に先んじて市場投入できることだが、もう1つはDiscrete GaN FETではなく、ハーブブリッジ回路全体をモノリシックで提供できることだ(Photo11)。従来のGaNベースの製品は、DiscreteのGaN FETやドライバを組み合わせて使うか、もしくはこれらをSiPなどのマルチチップパッケージ化した形で利用しているが、前者は実装面積やBOMコストの上昇に繋がるし、後者も低価格化をしにくい。ところがこれを一体化したモノリシック構造で提供することで、高速性と低価格化を両立できたのが特徴、となる。
もっともこれを提供するのは容易ではない。SmartGaNそのものはTSMCの650V GaN on Siliconプロセスをベースとしている。TSMCは2015年12月から100V耐圧と650V耐圧の2種類のGaN on Siliconプロセスの量産を開始しており、Dialogもこれを利用した形だが、TSMCはGaN上で「(ロジックプロセスを構成する)デザインキットも何も無いから、デザインやモデリングなどを全部自分たちで行わなければならなかった」(Tyndall氏)ということで、複数のFETやドライバなどのアナログ部品やラッチなどのデジタル部品を実装したのはDialog自身である。これは同社の独自のIPで、別にTSMCのGaN on Siliconプロセスに限らず「どんなGaNプロセスにも利用することが出来る」(Moreno氏)という話だった。
ちなみに、「なぜTSMCのGaN on Siliconプロセスを選んだのか」と尋ねた所、「ちょうどTSMCがコンシューマ製品のメインストリーム向けとしてGaNに投資を行っており、それが我々のの要求に合致した。これまでも、例えば軍事向けに非常に小さなGaNプロセスなどはあったが、これは非常に特殊な用途向けであって価格面での折り合いがつかなかった。TSMCのプロセスは、価格的にちょうど良かった。TSMCは量産に向けた投資を継続しており、量産の実現により価格も当然下がるからね」とTyndall氏が説明してくれたほか、「技術的には、GaNのPower Switchは3分の1のサイズで実現できる。BCDMOSなどは、基板上の抵抗が3倍大きい。だから小さくて、スイッチング速度が速く、高効率を実現できるとなると、GaNが一番だ」とMoreno氏も補足してくれた。
もっとも、GaN on Siliconプロセスのプロセスルールは概ね1μmで、動作周波数も1MHzに達しない程度なので、あまり複雑なロジックを構成するのは現実問題として無理がある。「GaNのメリットは高電圧耐圧だが、MCUにそうした耐圧は必要が無い」(Moreno氏)ということで、あくまでもGaN on Siliconプロセス上に実装するのはドライバとラッチ、FETに留めたという話であった。逆に言えば、PWMコントローラなどはもっと高速な応答性が必要だし、そもそも耐圧はずっと低くてよいから、こちらはBCDMOSベースで製造したほうが得策だという事であろう。