【レポート】

立教大学理学部の超実践的3Dプリンタ活用法 - 理学教育で際立つ「モノの威力」と教員が授業に専念できる体制づくり

立教大学 池袋キャンパスの正門

ホビー用途から産業利用まで幅広く普及が進む3Dプリンタだが、もう1つ注目すべきなのが教育分野での活用だ。立教大学理学部では2015年度より「3Dプリンタの理学教育での活用」を目指すプロジェクトに取り組んでおり、3Dプリンタを導入して分子モデルを出力し、教材として授業で使用している。

今回、プロジェクトの発起人である同大学理学部化学科反応解析グループの望月祐志 教授に3Dプリンタを理学教育に用いることの効果を伺うと共に、実際に授業を見学させていただいた。

"手に取る"ことの重要性

冒頭で「分子モデルを教材にした授業」とさらっと書いたが、そもそも我々の目には見えないDNAやタンパク質を3Dプリントする意味はどこにあるのだろうか。

目に見えない小さな分子を可視化するために用いられるのがCGソフトだ。分子CGは研究者の論文作成にも用いられる重要なツールだが、深い専門知識を有していない学生にとってはCGを見ただけでは構造を把握するのは難しく、望月教授は「画面上で分子のCGを見せても(学生に)伝えきれないな」と感じていたという。これに対し、3Dプリントした分子モデルは触ったり覗きこむことができるため、CGに比べて学生に対する訴求力が高い。

分子のCG。表示を切り替えられたりするため大変便利ではあるが、専門知識のない人が見るとどのような形をしているのかイメージすることは難しい。

見学させていただいた授業は同学部共通教育推進室の工藤光子 特任准教授による生命理学科2年生向け。この授業は、3Dプリンタで出力したDNAの複製に関わる数種類のタンパク質が与えられ、それらを機能するように再構成するというものだ。学生は与えられたタンパク質の働きや動きを知る必要があるが、そのためには教科書ではなく英語の文献を調べなければならない。2年生にとってはハードルが高いが、渡されたモノがあると論文の図版などを入口にして、必要な情報を探しやすい。獲得した知識は全員で共有し、DNAの複製装置モデルを組み上げる。

教室の中心にワークスペースを設置

最終回の授業の冒頭、4チームに分かれた学生たちは、与えられたタンパク質の役割や機能の調査というミッションに対する自分たちの回答を発表。発表が済んだらそれをベースに分子モデルの組み立てに入る。"誰かやってくれよ"という他人任せな雰囲気はなく、どの学生も積極的に組み立てに取り組み、和気あいあいとした雰囲気ながらもモデルの完成に向けた試行錯誤が続けられていく。

授業で使用した分子モデルのパーツ。各チームに担当パーツがあり、グルーガンなどをつかってタンパク質の模型を作り上げていく。

授業を見て感じたのが、"目の前に手に取れるモノがあるのは大きい"ということ。分子のパーツを手に取ってさまざまな角度で眺めるという作業が可能なため、試行錯誤が途切れづらいし、正確なモデルに近づけるための創意工夫も生まれる。実際、筆者と一緒に授業を見学した望月教授も「知識の定着に役立つことは間違いない」と舌を巻いていた。

望月教授はさらに、「将来、VR技術や人工知能を用いた授業の時代が来ると考えているが、この授業にはそれらにはない価値がある。こうした体験型学習は学生が大学に足を運ぶ理由になる」とコメントし、工藤特任准教授の授業は将来にわたり大学の価値を高めるものだと絶賛した。

工藤特任准教授(左)と望月教授。授業の内容に望月教授は感心しきり。工藤准教授も大きな手応えを感じていた。

複雑な造形プロセスは外注 - 体制構築が成功のカギ

授業で大きな威力を発揮していた分子モデルだが、完成までのフローは少々複雑だ。まず、3Dプリントしたい分子のCGデータをVRMLに変換し、データ修正ソフトで欠損部を補完する。その後、CADデータとして編集してSTL形式に書き出すことで、ようやく3Dプリンタでの出力が可能となる。出力後はサポートの除去や仕上げなど分子学とは関係のないスキルが要求される。

教員がこれらのスキルを一から習得しようとすると膨大な時間を消費してしまうし、たとえ身につけたとしても分子モデルが上手く出来上がらないリスクもある。

分子モデルの制作フロー (資料提供:立教大学)

そのため、立教大学のケースではデータ作成から3Dプリントまでを、3D出力サービスを提供しているスタジオミダスに業務委託している。専門スキルが必要な部分はプロに任せることで、教員が授業の準備に専念することができるというわけだ。「こうした体制構築を事前に済ませていたためプロジェクトスタート時から3Dプリンタで出力した分子モデルを実践的に授業で活用することができた」(望月教授)

同プロジェクトでは3Dプリンタを立教大学に3台、スタジオミダスに2台設置。計5台体制で機動的に運用している。

3Dプリンタをフル活用したモデルケースとして拡大に期待

ものづくりの観点から見ると、多種多様な分子の出力に3Dプリンタを用いることは"多品種少量生産に強みを発揮する"という3Dプリンタの特性を上手く活用しているといえる。また、導入した3Dプリンタは教材の出力だけでなく実験装置のプロトタイピングなどにも使用しており、DDM(ダイレクト デジタル マニュファクチャリング:3Dプリンタで最終製品を出力すること)とRP(ラピッド プロトタイピング:試作品の高速造形)を両立させている点も見逃せない。3Dプリンティングの専門家との分業制にすることでモデル製作の効率と完成度を確保していることも多くの企業や大学にとって参考になることだろう。

今後は、プロジェクトを同大学の他学部にも拡大することを検討していくほか、ノウハウの蓄積・3Dデータの共有などについて他大学との連携も視野に入れているとのことで、3Dプリンタのさらなる普及につながるモデルケースの1つとしても大いに期待される。



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