生きている限り悩みは尽きないが、その中でも人間関係の悩みほど厄介なものはない。会社で働いていて、仕事の内容には満足しているのに人間関係で躓いてしまい、結局環境を変えざるを得なくなったという話はよく耳にする。心理学者のアルフレッド・アドラーは「人間の悩みはすべて人間関係の悩みである」と言ったそうだが、すべてかはともかく、人間関係の悩みが数ある悩みの中でも大きな比重を占めていることは間違いない。
人間関係の悩みが難しいのは、「感情」という理屈では割り切れない要素が大きく絡んでくる点にある。たとえば仕事で苦手な人と付き合う場合に、「あの人とは仕事上の関係でしかない。どう思われても構わない」とスパッと割り切れれば実はそんなに害はない。しかし実際には、相手が嫌なヤツでもできれば嫌われたくないと思ってしまうし、嫌なことを言われたら不快な思いが長時間心から消えない。これらは結局「自分の感情のコントロール」の問題なのだが、怒ったり落ち込んだりといった自然発生的な感情を理屈だけで完全に支配するのはとても難しい。
今回紹介する『心がスッキリ軽くなる 苦手なあの人と付き合わないですむ本』(中村将/宝島社/2015年6月/1300円+税)がテーマにしているのはまさにこの「感情のコントロール」である。対人関係で感情のコントロールがうまくできずに悩んでいるという人はぜひ本書を読んでみて欲しい。本書で紹介されている「考え方」を身に付ければ、毎日がもっとすごしやすいものに変わる可能性がある。
自分ごとゾーン/他人ごとゾーン表で悩むべき問題を選別する
感情をうまくコントロールするための手段として、本書では「自分ごとゾーン/他人ごとゾーン表」というツールが紹介されている。これはある問題が「自分にとって悪いことがある/悪いことがない」「他人にとって悪いことがある/悪いことがない」という要素の組み合わせで表現される二次元マトリクスで、ある問題に突き当たった時はそれがこのマトリクス上のどのゾーンに位置するか考えた上で、対応方法を決める。
たとえば、「自分の子供が受験に失敗しそうだ」という問題があったとする。この場合、他人である自分の子供にとって、受験に失敗するのは悪いことである(他人にとって悪いことがある)。一方で、親である自分について考えると、別に子供が受験に失敗したところで学校に通えなくなるのは子供自身なのだから、実害はない(自分にとって悪いことがない)。以上より、「自分ごとゾーン/他人ごとゾーン表」を用いるとこの問題は「他人にとって悪いことはあるが、自分にとって悪いことはない」ゾーンの問題だと考えることができる。
自分にとって悪いことがないなら、もう気にしない
「自分ごとゾーン/他人ごとゾーン表」を用いて問題の属するゾーンが確定したら、あとは機械的に悩むべきか悩むべきでないかが決まる。「自分とって悪いことがある」場合は悩むべきで、「自分にとって悪いことがない」場合には悩むべきではない。この場合は他人にとっては悪いことだが、自分にとっては悪いことではないので悩まない。そうやって割り切る。
ここまで読んで「自分の子供にとって悪いことがあるのに悩むなというのは酷いのでは?」と思った人もいるかもしれない。そう思うこと自体は立派なのかもしれないが、感情をうまくコントロールしたいのであればいったんこういう考え方は捨てたほうがいい。多くの人間関係の悩みは他人ごとであるはずの問題を他人ごとだと捉えられないことで起きている。「他人に親切にしましょう」という道徳の常識は、いったん忘れてしまったほうがいい。
他人に親切にするのは、まず自分が完全に満足して不満のない状態になってからでよいはずだ。「自分よりも他人を優先する」という行動原理を貫くと、自分の人生ではなく他人の人生を生きていることになってしまう。たとえ他人に嫌われることになったとしても、自分の人生を生きたほうがいいのは間違いない。そういえば、あのスティーブ・ジョブズも「他人の人生を生きることで時間を無駄にするな」と言っていたなと本書を読みながら思い出した。
他人の悩み相談に乗るときのお手本としても
本書のもう1つの使い方として、「誰かの悩み相談に乗るときのお手本にする」というのが考えられるかもしれない。本書は悩みを抱えた人と著者の対話という形式で進んでいくのだが、実はこの対話の質が非常に高い。理屈を押し付けるわけではなく、かと言って完全に相手の言うことに迎合するわけでもなく、示唆を与えて相手に自分で「気づかせる」というやり方で本書のカウンセリングは行われていく。もし誰かの悩み相談に乗る機会が今後あるなら、本書のようにできたらいいだろうなと思わずにはいられなかった。
そういう意味では、本書は自分が人間関係の悩みを抱えている場合だけでなく、周囲に人間関係の悩みを抱えている人がいる場合でも使える本ということになる。人間関係の悩みに携わるすべての人に、本書はきっと重要なヒントを与えてくれるだろう。
日野瑛太郎
ブロガー、ソフトウェアエンジニア。経営者と従業員の両方を経験したことで日本の労働の矛盾に気づき、「脱社畜ブログ」を開設。現在も日本人の働き方に関する意見を発信し続けている。著書に『脱社畜の働き方』(技術評論社)、『あ、「やりがい」とかいらないんで、とりあえず残業代ください。』(東洋経済新報社)がある。