「テーマが80年代アニメとマンガだから万人ウケしない」なんて声はウソだ。ドラマ中盤に差しかかった『アオイホノオ』(テレビ東京系毎週金曜24:12~)は、年齢やカルチャー知識の差を超えて、幅広い層のファンを増やしている。とりわけネット上での反響が大きく、放送中からSNSやツイッターは大にぎわい。テレビ東京の『なんでもランキング』でも、あの『妖怪ウォッチ』を上回ることすらあった。

『アオイホノオ』で主人公・焔モユルを演じる柳楽優弥(左)と年上トンコ役の山本美月

「マニア向けの深夜ドラマ」に過ぎなかった『アオイホノオ』がなぜそれほど人を惹きつけているのか?」、3つのポイントから考えていく。

マンガ&アニメ界のレジェンドが登場

最もわかりやすいのは、登場人物たちの楽しさ。暑苦しいヘリクツ野郎の焔モユル(柳楽優弥)は言うまでもないが、脇を固めるキャラもそれ以上の濃いメンバーがそろった。

まずアニメ&マンガ通は、「名前を聞いただけで心躍る」顔ぶれに興味津々だろう。『新世紀エヴァンゲリオン』監督の庵野ヒデアキ(安田顕)、アニメ会社「ガイナックス」社長の山賀ヒロユキ(ムロツヨシ)、『プリンセスメーカー』などを手がけた赤井タカミ(中村倫也)、『鋼の錬金術師』などで知られ、後にる南マサヒコ(遠藤要)、『ネコじゃないもん!』などの矢野ケンタロー(浦井健治)、「オタキング」岡田トシオ(濱田岳)ら実在人物が登場しているのだ。これらのメンバーが、"まだ何者でもない"当時の熱い群像劇なのだから、面白くないワケがない。

一方、アニメ&マンガに詳しくない人が楽しめるのは、実力派中堅俳優たちの演技。庵野役の安田は40歳、山賀役のムロは38歳のアラフォー。矢野役の浦井は33歳、南役の遠藤は30歳のオバサーだが、アクの強い演技で全てキャラの異なる大学生を演じ分けている。いずれも実力者だけに、セリフ回しだけでなく、目や頬の動き、手足の仕草、着こなしなどで、80年代の芸大生っぽいうさん臭さを見事に体現しているのだ。演技がこれだけうまければ、年齢のリアリティーなんてちっぽけなものにすぎない。

また、声の出演で古谷徹(アムロ・レイ、ペガサス星矢など)、野沢雅子(鬼太郎、孫悟空など)、池田昌子(メーテル、お蝶夫人など)、井上真樹夫(ハーロック、石川五右エ門)、あおい輝彦(矢吹丈)ら豪華声優を惜しげもなく投入。ここまでのレジェンド級なら、万人ウケするに決まっている。

エンドロールの最後に「この物語はフィクションです」と書かれているが、実際大半がリアルなだけに、大半の人がノンフィクション作品として見ているだろう。

焔モユルは滝沢昇か不屈闘志か

とは言っても、やっぱり最も突き抜けているのは主人公のモユル。「かわいそうなあだち充、オレだけは認めてやろう」「高橋留美子……最近少しズレてきている」と上から目線で話すかなりの自信家だが、挫折しかけたときの"心の声"がいちいち面白い。

「負けた……違う。これは過大評価だ。他人の作品を過大評価できるのはオレの器がデカい証拠。つまり、まだオレの方が勝っている可能性大!」「感動せんかぎり、オレの勝ちだぞ、庵野~」「(編集者に)オレの才能を見抜くことができるのか! そこまでのセンスがあるのか!」など、都合のいいヘリクツのオンパレード。ここまで完璧にカン違いしていると、一周回ってむしろ面白く、どこか応援したくなるのが人の心だ。

庵野ヒデアキを演じる安田顕

そもそも「完全に間違っていることをカッコつけて言う」「優れている人に対して強烈にライバル意識を燃やす」主人公のキャラは、原作者・島本和彦マンガの王道。『炎の転校生』の滝沢昇も、『逆境ナイン』の不屈闘志も、くそマジメな顔で強引なヘリクツを並べて、数々の挫折を乗り越えていった。つまり、島本マンガは"一見バカに見える考え方や行動も、挫折を乗り越える力になる"ことを教えてくれる。『アオイホノオ』も笑えるし、ツッコミたくなるし……その上、「負けても負けても立ち上がる」モユルの姿を見て元気になれるドラマなのだ。

そして、モユル役の柳楽の演技もスゴイ。最近は濃い演技をすると、すぐ"顔芸"という言葉で片づけられるが、柳楽の演技はそれだけに留まらない。主人公にしてはセリフが圧倒的に少なく、発するのはほとんどが"心の声"だけ。しかも「くそマジメすぎてバカに見える」というコンセプトだけに、笑顔の演技は基本的にタブー。ゆえに、「焔モユル役は、顔の演技だけではとても持たない」という難役なのだ。コメディ初挑戦と思えない柳楽の全力演技は、一見の価値がある。

"マニアもノーマルも"の2段階演出

ただ、島本和彦の原作マンガが面白いからこそ、映像化のハードルは高くなる。その意味で脚本・演出を"深夜ドラマの帝王"福田雄一(『勇者ヨシヒコ』シリーズ、『コドモ警察』『33分探偵』)が手がけるのは大きい。演出のバリエーション、コメディのセンスと出し入れ、キャスティングの力などを兼ね備える上に、自身の演出を"島本メソッド"と呼ぶほどの思い入れも加わって、映像仕様にスケールアップさせている。

福田のスゴイところは、小ネタ(細かいこだわり)をマシンガンのように連射できること。しかも、マニアだけでなく、ノーマルも楽しませてしまう視野の広さを持っている。以下に『アオイホノオ』での主な小ネタを挙げてみよう。

【ノーマル向け小ネタ】
・初回オープニングにあだち充のマンガ、しかも静止画+声優のおふざけ
・モユルと庵野のパラパラ漫画を並べて同時に見せ、優劣の差を一目瞭然に
・とんこ(山本美月)は「ダサイから近眼でもメガネをかけたがらない」当時の女子大生
・上着を"シャツイン"している大学生たち
・何気なく飲んでいる『ポカリスエット』の缶。机には切り取られたプルトップも
・その他、『赤いきつね』『ベータマックスJ9』から作画道具まで、全て当時のものを用意
・集英社の編集者、MADホーリィ(佐藤二郎)のタバコを吸う仕草
・落ち込んだときに見た映画『ロッキー』のみオリジナルではなくチープな再現ドラマ

【マニア向け小ネタ】
・オープニング映像は、名アニメーター・金田伊功の動きをオマージュしたもの
・モユルと庵野が熱心に見ていた『ルパン三世』は宮崎駿が手がけた貴重な回だった
・庵野が二代目バルタン星人の重力波攻撃をくらう『ウルトラマン』を再現
・『ガンダム』のシャアを意識した矢野のキャラ。BGMも赤い自転車も
・石ノ森章太郎さんが改名前の石森という名前で呼ばれていた
・モユルが『サイボーグ009』オープニングでの“金田動き”を熱く解説
・「高橋留美子は巨乳らしい」という当時の噂をグラビアアイドルで映像化
・「悪い大人の編集者たち」役に小学館の大物編集者や島本の担当編集者をそろえた
・『週刊少年ジャンプ』編集長として歴代最高部数を記録した編集者ホーリィ登場

これはあくまで非マニアの私が挙げた一部に過ぎず、マニア向けを全て挙げたらこの倍以上はあるだろう。小ネタの数なら『あまちゃん』にも負けていないかもしれない。登場人物である岡田斗司夫らが放送中にライブツイートで解説しているので、それを同時に見るのも醍醐味のひとつとなっている。

モユルが庵野に勝てない理由

3つのポイントを挙げてきたが、私がドラマ評論家として最後に書いておきたいのは、ドラマとしてのハイクオリティ。熱さ、笑い、ノスタルジー、成長など多くの要素を散りばめた脚本、演出、演技の全てが素晴らしい。

例えば、「なぜモユルの作品が庵野たちよりも劣っていたのか?」の描き方がシャレていた。モユルは頭の中で考え、机に向かってもすぐ横になり、とんこに誘われたら外食し、最終的には敗北感を忘れるために寝てしまう。一方の庵野たちは、頭で考えるのではなく、ひたすら時間のかかるタッチの作画に励んでいた。「モユルが気にする才能やスキルではなく、作画に向かう姿勢と時間で庵野たちに負けている」というオチ。モユルはこんな根本的なところでの敗北からどう立て直していくのか、今後の展開が楽しみだ。

いろいろ書いてきたが、「まだ見ていない」「いまいちハマってない」人にこんな見方を提案したい。毎話のオープニングで、「時は1980年、若者のファッションと文化が一斉に花開いた時代」という文字が映るが、ドラマの内容は、まさに"ニッポンのオタク文明開化"。他ジャンルの作品でたとえるなら、"サブカル版『ALWAYS三丁目の夕日』"のような趣が感じられる。同映画を見るような感覚で、"マニアは思う存分"、"ノーマルは気軽に"楽しめばいいと思う。

木村隆志
コラムニスト、テレビ・ドラマ評論家、タレントインタビュアー。1日のテレビ視聴は20時間(同時視聴含む)を超え、ドラマも毎クール全作品を視聴する重度のウォッチャー。雑誌やウェブにコラムを提供するほか、取材歴1000人超のタレント専門インタビュアーでもある。著書は『トップ・インタビュアーの聴き技84』など。